ここまで、顧客へ提供する物流サービスレベルを定め、それを実現する計画と意思決定をS&OPプロセスでつなぐ考え方を見てきました。しかし、計画を実行した結果を振り返り、次の判断へ反映できなければ改善は続きません。その改善サイクルを支えるのがKPIです。
重要なのは、KPIを「良い数字を並べるための評価指標」と考えないことです。KPIの役割は、意思決定の結果を可視化し、どこに無理や課題が生じているかを早く発見することにあります。
(1)KPIは「計画との差」から改善を生み出す
KPI管理というと、ダッシュボードで実績を確認することをイメージする人が多いかもしれません。しかし、実績だけを眺めても改善にはつながりません。前提となるのは、先述のS&OPプロセスによって策定した販売計画、生産計画、在庫計画、物流計画です。計画があって初めて、「実績との差」が意味を持ちます。
サプライチェーンでは、計画(Plan)、実績(Actual)、差異分析(Gap)、原因分析(Why)、ルール/計画の見直し(Action)のサイクルを繰り返すことが重要です。サプライチェーンでは、需要も供給も常に変化します。天候、販促、競合、新商品の発売、原材料不足、物流混雑など、計画との差が生じる要因はいくらでもあります。むしろ、計画通りに進まないことを前提として管理するのがサプライチェーンマネジメントです。
在庫増や物流コストの上昇といった数値の悪化も、販促などに伴う「意図的な変化」か、販売未達などによる「想定外の失敗」かで評価や対策は全く異なります。また、販売好調に伴う欠品率の上昇も単なる失敗と捉えるのではなく、安全在庫や生産体制の見直しにつなげることが重要です。つまり、KPIは結果を評価するためだけでなく、「次の意思決定を改善するため」にあるのです。
在庫日数だけを見れば改善していても、欠品率が上がっていれば売り上げ機会を失っているかもしれません。物流コスト率が下がっていても、納期遅延や問い合わせ件数が増えていれば、顧客体験を犠牲にしている可能性があります。1つのKPIだけでは意思決定の良しあしは判断できません。複数のKPIを組み合わせ、トレードオフまで含めて確認することが重要です。
(2)KPIを通じて全社の優先順位をそろえる
また、サプライチェーンのKPIは、1つの部門だけでは改善できません。
欠品率は営業、マーケティング、生産、SCMなど複数部門の判断が影響します。物流コスト率も、物流部門だけで決まるものではありません。送料無料施策を決めるのはマーケティングかもしれませんし、短納期を約束するのは営業かもしれません。在庫日数も、営業の商品戦略や生産ロットの考え方によって大きく変わります。つまり、多くのKPIは部門横断で成り立っており、1つの部門だけの努力では改善に限界があります。
だからこそ、経営または事業責任者が「何を優先するのか」を明確にし、関係部門で共有することが重要です。
売り上げ機会を優先するのか、キャッシュ効率を優先するのか、顧客体験への投資を重視するのか――。こうした優先順位が共有されて初めて、各部門は同じ方向を向いて意思決定できるようになります。
一方、現場担当者に必要なのは、難しい財務用語ではなく、自分たちの判断が会社全体へどう波及するかを説明することです。「この商品は欠品すると売り上げ影響が大きいため、安全在庫を厚めに持ちたい」「このSKUは長期間動いていないため、終売も含めて検討したい」「この販促は物流能力まで含めて実施可否を判断したい」。自分たちの判断が売り上げ/利益/物流コスト/在庫/キャッシュにどう影響するかを説明できるだけでも、部門間の議論は大きく変わります。
ここまで見てきたように、サプライチェーンは1つの施策だけで改善できるものではありません。
在庫だけを改善しても、物流サービスレベルが設計されていなければ欠品が増える可能性があります。物流コストだけを削減しても、顧客体験を損なえば売り上げ機会を失います。また、S&OPで計画を立てても、KPIによる振り返りがなければ改善は継続しません。物流サービスレベルを定め、S&OPで計画へ落とし、KPIで振り返る。この一連の流れがつながって初めて、改善は継続します。
第1回では在庫とキャッシュの関係を、第2回では在庫を目的別に設計する考え方を整理しました。第3回では、物流サービスレベル、S&OP、KPIを通じて、それらを全社の意思決定と日々の運用につなげました。これら3つの仕組みをつなげると、「稼ぐサプライチェーン」は次の5つのステップで整理できます。
実務で重要なのは、在庫、物流コスト、欠品、納期を別々に最適化しないことです。販売計画では在庫と物流能力を確認し、物流コストの見直しでは売り上げや顧客体験への影響を考え、KPIでは必ずトレードオフを確認することが重要です。
サプライチェーンは単なる削減対象ではなく、売り上げ、利益、顧客体験、キャッシュのバランスを設計する経営機能です。「稼ぐサプライチェーン」とは、この全体を1つの仕組みとして回し続けることにほかなりません。
齋藤 弘晃(さいとう ひろあき)
早稲田大学卒業後、ポーラにてSCM・需要予測に従事。その後、PwCコンサルティングにて自動車部品メーカーの物流システム導入をリード。ACROではサプライチェーン部門責任者として、S&OPプロセスの導入や需給管理の高度化を推進し、在庫と財務を連動させたオペレーション改善に取り組む。特に、需要変動の大きいブランドビジネスで培った需給最適化の知見を生かした、現場実装型の改善を強みとする。
現在は、自身で経営コンサルティングを行う傍ら、プロ人材サービス「ウィズプロ」の登録プロ人材として、製造業を中心に戦略立案から現場改善、DX支援まで一貫して支援している。
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「稼ぐ在庫」と「死に資産」の境界線 キャッシュを生み出す在庫設計4つの鉄則Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
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