北中米W杯をウェルビーイングのテストベッドとするトロントのレガシー海外医療技術トレンド(133)(2/4 ページ)

» 2026年07月10日 07時00分 公開
[笹原英司MONOist]

大会期間中の公衆衛生を支える地域医療連携ネットワーク

 ワールドカップの大会期間中(2026年6月11日〜7月19日)の感染症対策や救急医療など公衆衛生面については、トロント大学傘下のサニーブルック保健科学センター(関連情報)が、トロント市から委託された「ホストシティー医療リード」として、医療計画の総括/調整役を担っている(関連情報)。

 本大会期間中は、このサニーブルックが中心となり、トロント市救急隊(関連情報)や、トロント大学と包括的提携関係にある医療施設から構成される「ユニバーシティ・ヘルス・ネットワーク(UHN)」(関連情報)の救急病院/外傷救急対応病院と連携した地域医療連携ネットワーク体制が敷かれている。

 現地でスタジアムやファンフェスティバルの来場者や一般市民、観光客が救急医療を必要とする場合、具体的な役割/対応体制は表1のようになっている。

表1 表1 ワールドカップ大会期間中におけるトロントの地域連携ネットワークの役割分担[クリックで拡大] 出所:University of Toronto, Temerty Faculty of Medicine「Adrenaline, preparation, precision: Inside the city-wide FIFA World Cup 2026 major training simulation」(2026年6月11日)を基に筆者作成

 このような体制の下で2026年4月15日、トロント市内の医療機関や救急チームなど計32の組織が合同で、大規模災害や突発的な事故に備えた緊急事態対応訓練「オペレーション・レッドカード(Operation Red Card)」を実施した(図2参照、関連情報)。

図2 図2 FIFAワールドカップ2026に備えたトロント市大規模合同救急訓練「オペレーション・レッドカード」[クリックで拡大] 出所:Sunnybrook Health Sciences Centre「Inside Operation Red Card: Sunnybrook leads system-wide exercise」(2026年6月9日)

 訓練の舞台は、トロントスタジアム周辺の路上である。スタジアムへ向かうサッカーファンであふれる中、何者かが持ち込み禁止の花火に点火し、それをきっかけに群衆の中で暴発/さく裂したという想定がインシデントのシナリオとして採用された。このパニックによる多数の負傷者や外傷患者の発生が、各医療機関の対応能力を試す引き金となった。

 訓練当日の2026年4月15日、医療従事者や救急チームはオンタリオ州各地の拠点に集結した。サニーブルック保健科学センターを例に挙げると、講堂に「救急」「トラウマチーム」「手術室(OR)」「集中治療室(ICU)」「放射線科」といった各部門専用のテーブルが設置され、緊密な連携体制が敷かれた。

 この「オペレーション・レッドカード」の特徴は、以下の通りである。

  • ゲームピースを用いた実戦的シミュレーション:
    各テーブルにはフロアマップが広げられ、スタッフや患者だけでなく、人工呼吸器、血液バンク、電話などの「医療機器/通信機」を模したゲームピースが配置された。他部門へ連絡を取る際には「自分たちと相手の双方に電話のピースが存在しているか」を確認しなければならないなど、リアルな通信手段の制限も再現され、一切の妥協を許さない厳格なルールで進行した
  • 家族の支援シミュレーション:
    ネットワーク内の複数病院に分散搬送された患者と、その家族を迅速に再会させるための「病院家族情報/支援センター」の連携訓練も同時に行われた

プライバシーとセキュリティの両立がFIFAワールドカップ2026成功の鍵

 FIFAワールドカップ2026に先駆けて、カナダのホストシティーを抱えるオンタリオ州情報プライバシーコミッショナー(IPC)とブリティッシュコロンビア州情報プライバシーコミッショナー(OIPC BC)は2026年5月4日、「世界を迎える準備:FIFAワールドカップにおけるプライバシーとセキュリティの両立確保」(関連情報)と題する共同声明を発表している。本共同声明は、市民や世界中から訪れる観客の安全(セキュリティ)を守る施策と、個人の基本的人権である「プライバシーの保護」をいかに両立させるかについて、両州のプライバシー規制当局が共同で基本原則と指針を示したものである。そして、ワールドカップという世界規模の祭典の成功は、最先端の防衛措置が個人の尊厳や人権を尊重する形で責任を持って運用され、公衆の信頼を獲得できるかどうかにかかっていると結論付けている。

 参考までに、オンタリオ州の個人健康情報保護法(PHIPA:Personal Health Information Protection Act、関連情報)では、表2に示す通り、本人の同意なしに個人健康情報(PHI)を開示できる「公衆衛生例外規定」が定められている。

表2 表2 オンタリオ州個人健康情報保護法(PHIPA)の公衆衛生例外規定[クリックで拡大] 出所:Government of Ontario「Personal Health Information Protection Act, 2004, S.O. 2004, c. 3, Sched. A」(2026年1月1日更新)を基に筆者作成

 本大会期間中、トロントスタジアムやファンフェスティバル会場周辺で「感染症のアウトブレイク」が発生した場合(PHIPA第39条第1項(C):公衆衛生当局への開示)、テロや爆発事故が発生した場合(同第40条第1項:重大な危害/健康リスクの回避)などは、PHIPAの例外規定が適用される可能性がある。

 ただし医療機関や救急チームは、ワールドカップ開催時のような緊急事態下で、公衆衛生例外を適用して同意なしにデータを共有する場合でも、「その目的(例:救命や防疫)を達成するために、その瞬間に本当に必要な最小限の情報」に限定する義務を負う。このような背景から、前述の「オペレーション・レッドカード」においても、各病院のプライバシー/リスク/危機管理責任者が最初から関与している。

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