研究開発において論文に残らない失敗データや詳細なプロセスが重要だ。この気付きを生かして、無機材料の研究者でもあるさくらインターネットの研究員が開発したノートアプリケーションのオープンβ版が提供されている。同アプリの開発背景や特徴、今後の展開について迫る。
国内のメーカーでは、製品のニーズの多様化や開発期間短縮の影響で、扱う素材の高品質化と開発スピードの向上が求められている他、海外拠点でも国内製品と同様の品質を実現することが必要となっている。しかし、研究者や技術者のノウハウに依存したこれまでの手法では対応が難しい状況だ。
解決策の1つとして、材料開発の速度と精度を向上させるために、マテリアルズインフォマティクス(MI)やプロセスインフォマティクス(PI)を活用する企業が増えつつある。そこで本連載では、国内製造業におけるMIやPIの最新の取り組みを紹介する。
第9回で取り上げるのはさくらインターネットだ。さくらインターネットは、実験科学者のためのノートアプリケーション「eureco(エウレコ)」のオープンβ版を、2026年3月2日に提供開始した。
eurecoの開発を主導したさくらインターネット研究所(さくらインターネットの組織内研究所) 研究員の熊谷将也氏に、eurecoの開発の背景や特徴、他の電子実験ノートとの違いと優位性、素材/材料の研究開発における活用方法、今後の展開について聞いた。
eurecoの開発背景には、熊谷氏が材料科学の実験研究者として抱いていた強い危機感があるという。
熊谷氏は「国内の研究/開発現場では、デジタル化が難しい紙の実験ノートが利用されるケースがある一方で、デジタル化が進むにつれ、WordやExcel、AI(人工知能)ワークスペース『Notion』などの多様なデジタルツールが導入されている。その結果、研究開発に関する情報がツールごとに分散し、実験ノートとして機能させにくい。雑多なメモ程度にとどまってしまっているケースが、私の周りでも多かった」と回想する。
熊谷氏は、MI向けの実験データベース「Starrydata(スターリーデータ)」の開発にも携わっており、この経験もeureco開発のきっかけとなった。
「Starrydataの開発で行われた、論文から実験データを抽出してデータベース化するプロジェクトを通じて、ある課題に直面した。それは論文のデータが成功事例に極端に偏っているということだ」と熊谷氏は指摘した。
その上で、「実験プロセスや、どういう手順を踏めばどういう結果になるのかという記録は非常に重要なはずなのに、論文は人によって書き方が異なり、詳細なプロセスや失敗データが消えてしまっている。この実験科学者としての実体験と、データサイエンス的観点での課題感が合わさり、論文にはならない失敗データや実験プロセスも含めて、構造化して保存できる場を作りたいと考えた」と振り返る。
こうした問題を踏まえて、eurecoの開発では、「集約」「構造化」「関連付け」「再利用」「安心感」といった5つのコンセプトに関連する機能を用意した。
中でも、注目の機能は分散しがちなデータを直感的な操作で1箇所に「集約」できる機能だという。「この機能は、Wordのようにブロック単位でテキストを記述していくブロックノートをUIに採用している。各ブロックノートに、画像や動画、音声ファイル、CSV、TSVなどのデータファイルをドラッグ&ドロップで簡単に配置できる」(熊谷氏)。ブロックノートとは、テキストや画像などの各要素を独立した「ブロック」として管理するUIを指す。
同機能は材料化学の研究開発にも役立つ。熊谷氏は「この機能は、レガシーな実験装置から出力される『冒頭に大きなメタデータが付いたCSVやテキストデータ』を、ノート上で簡単に切り取って整形できる機能がある。整形したデータを使ってノート上で直接表計算を行ったり、チャート(グラフ)を作成したりすることも可能だ」と説明した。
加えて、「1つのページの中に、生データやそれを編集/集計したデータ、そして可視化されたグラフが全て関連付けされた状態で保存される。これにより、ミーティングの議事録や実験の考察といった『文章の文脈』の中に、装置の出力データや画像をひも付けられるため、データの迷子を防ぎ、将来的な『再利用』が容易になる」と述べた。
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