本連載第110回で取り上げたように、2024年パリ夏季オリンピック・パラリンピック競技大会では、「オリンピックAIアジェンダ」に基づくさまざまな実証実験が展開されたが、その中で注目されたのが、AIを活用したソーシャルメディア悪用防止対策である。
参考までに、ソフトウェアとアプリケーションのセキュリティ向上を目的とした国際的非営利団体であるOWASPの生成AIセキュリティプロジェクトは2025年7月28日、「生成AIインシデント対応ガイド1.0」を公開している(関連情報)。このガイドでは、「AIインシデント」について、AIシステムの挙動または誤作動によって、意図しない、有害な、あるいはリスクを高める結果が生じるあらゆる事象を指すとしている。これには、技術的な故障(例:AIの不具合による自動運転車の事故)、AIに関連するセキュリティ侵害(例:AIが使用する機密データの漏えい)、さらには誤用や社会的に悪影響を及ぼす事例(例:誤情報の拡散やAIによる差別的な判断)などが含まれる。重要な点は、こうしたインシデントの原因や結果において、AI技術が中心的な役割を果たしていることである。
最近、AIを利用した情報の拡散によるアスリートへの誹謗中傷は増加しており、以下のような事例が見受けられる。
IOCは、2024年10月10日、同年夏に開催されたパリ夏季オリンピック競技大会で導入された、AI活用型サイバー悪用防止サービスの初期データを公表している(関連情報)。
IOCによると、パリ大会期間中、この悪用防止サービスは以下のような成果を上げたという。
2024年パリ大会の期間中、1つ以上のアクティブなソーシャルメディアアカウントを持つ1万400人以上の選手および役員が、オンライン悪用防止サービスを通じて自動的に保護されたとしている。標的となった中傷投稿は特定/確認され、多くの場合、選手本人が目にする前に削除のためプラットフォームへ通報された。対象となった2万のアカウントは、X、Instagram、Facebook、TikTokの4つのソーシャルメディアプラットフォームにまたがっていたという。
その後IOCは、2025年5月28日、「IOCソーシャルおよびデジタルメディアガイドライン - ミラノ・コルティナ2026」を発表している(関連情報、PDF)。このガイドラインは、選手が冬季オリンピックでの個人的な体験を共有できるようにする一方で、IOCのメディア権利保有者の権利を保護することを目的としている。表1は、本ガイドラインにおいてSNSの投稿/共有に適用されるルールを提示している。
表1 「IOCソーシャルおよびデジタルメディアガイドライン - ミラノ・コルティナ2026」のSNS投稿/共有ルール[クリックで拡大] 出所:International Olympic Committee「IOC Social and Digital Media Guidelines Milano Cortina 2026」(2025年5月28日)を基にヘルスケアクラウド研究会作成IOCのガイドラインを受けて2026年2月6日、公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)および公益財団法人日本パラスポーツ協会日本パラリンピック委員会(JPC)は、「ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック・パラリンピック競技大会期間中における誹謗中傷からアスリートなどを守る法務支援事業【SNSモニタリングの実施】LINEヤフー株式会社との協力体制の構築について」(関連情報)と「ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック・パラリンピック競技大会期間中における誹謗中傷からアスリート等を守る法務支援事業【SNSモニタリングの実施】Meta Platforms, Incとの共同した取り組みについて」(関連情報)を発表した。
ミラノ・コルティナ2026では、JOCがアスリートを誹謗中傷から守るため、SNSモニタリングを強化し、LINEヤフーおよびMetaと協力体制を構築している。LINEヤフーとは、ヤフーニュースコメントなどの監視や悪質投稿の迅速な削除要請に向けた連携を深め、AIを活用した検知精度向上を図る一方、Metaとは、Instagramなどでの有害投稿検出技術や運営側の知見を共有し、問題投稿への対応を迅速化する。JOCは日本とミラノに拠点を置き、弁護士を含むスタッフが24時間体制で投稿を監視し、削除依頼や必要に応じた法的措置を実施する。これらの協力により、選手保護と被害の未然防止を強化し、パラリンピック期間も含めた包括的な支援体制を整備するとしている。
ミラノ・コルティナ2026は、単なるスポーツイベントにとどまらず、 オリンピックレガシーとしての健康な社会、AIとサイバーセキュリティの融合による偽情報対策など、これまでにない分散型環境とデジタル技術とウェルビーイングを組み合わせた実装の場となっている。2年後には、本連載第112回で取り上げた2028年ロサンゼルス夏季オリンピック・パラリンピック大会が控えており、健康とウェルビーイングに関連するソリューション開発の観点からも見逃せない。
笹原英司(ささはら えいじ)(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会・理事)
宮崎県出身。千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医薬学博士)。デジタルマーケティング全般(B2B/B2C)および健康医療/介護福祉/ライフサイエンス業界のガバナンス/リスク/コンプライアンス関連調査研究/コンサルティング実績を有し、クラウドセキュリティアライアンス、在日米国商工会議所、グロバルヘルスイニシャチブ(GHI)等でビッグデータのセキュリティに関する啓発活動を行っている。
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