では、ICCが形成しているエコシステムのポイントにはどういうことがあるのだろうか。
その特徴は、ICCの玄関でも感じることができる。入り口には所長をはじめ、ICCの幹部の他、事務局職員や技師、研究員などの写真が貼ってある。さらに、目を引くのは、幹部以下職員約30人の横に、その数を超える「メンバーシップ」として約60人の個人名と写真が並んでいるという点だ。企業や他大学に所属する研究者が「個人の資格」で参加しているという。ここでは、クローズドな情報交換の場と、オープンな技術開発の場が併存しているというわけだ。
新市場創出を伴う新事業開発の議論を、企業の立場を背負ったままオープンな場で行えば、守秘義務を過度に意識し、互いに牽制(けんせい)し合って議論が深まらない場合が多い。そこで、参加者を一人の研究者、一人のエンジニアとして参加してもらう形とし、クローズドな環境で率直な議論ができるように工夫がこらされている。
一方、オープンな技術開発の場では、ICCの設備を活用しながら、メンバーが大学側とともに実証実験を重ねている。新しい複合材料の成形加工プロセスの研究開発だけでなく、それを実現する製造機械の制御方法まで対象とし、サプライチェーンとエンジニアリングチェーンの交点を統合的に模索している点が特徴的である。
さらにICCの特徴は、クローズドな情報交換とオープンな技術開発を通じて、独自の人材、企業情報データベース(実際には、人間関係なども考慮した人間臭さを残したネットワークともいうべき非デジタルデータベース)を構築している点だ。それを活用することで、どういう市場に可能性があり、その市場に向けた素材開発や成形加工技術の開発にはどのプレーヤーを結び付けるべきかを見極める「アンテナ機能」を研究機関でありながら果たしている。
複合材料は、複数の素材を組み合わせて得られる新素材である。つまり、それぞれの素材が持つ特性と、それを生かした用途を一緒に考え、同時にその新素材の成形加工方法も考案していく必要がある。これは、新しい市場開発に向けたイノベーションそのものである。複合材料という特性を考えても、関連する人材と技術の情報を幅広く持つことは極めて重要だ。
筆者は当初、ICCは大学の研究機関であるため技術的な検証に特化しており、高速大容量コンピュータなどのデジタル機材が並び画面上でさまざまな検証を行うような研究施設だと想像していた。しかし、実際には、リアルな実験や実証機能を備えた工場のような空間となっていた。つまり、大学の先端研究の延長として生み出された成果を事業化するという順番で生まれたものではなく、最初から事業化を見据え、「何を作るか」「どう作るか」を企業とともに現場で検証するための研究開発拠点であったといえる。
すでに述べたように、ICCにあるさまざまな機械設備の導入には、公的な補助金が大きく寄与しているが、それに加え、企業からの共同研究費が、ICCの研究活動を支えている。つまり、オープンイノベーションの場としての共同の実証実験の場が、「出口戦略」があることによって、企業にとっての事業化に直結するため、企業とのクローズドの共同研究の場として機能しているのだ。
ここで重要な役割を果たしているのが、ICC 企画戦略室のメンバーである。彼らはそれぞれ専門分野の知識を持ち、必要な人材の発掘やマッチングを担う。企業が必要とする技術開発を実現するため、産業界や大学双方から適切な人材を集め、さらに公的予算を活用するノウハウも備えている。さらに、企画戦略室のメンバーに加え、事務局に所属する職員も、国内のコンポジットハイウェイコンソーシアムや欧州との連携活動に積極的に参加し、アウトリーチ活動に取り組み、社会実装や実用化を進めている。ニッチな複合材料市場へのこうした“裏方”の存在こそがICCの隠れた力となっている。最近では、これらの役割を大学内だけで抱えるのは難しいと判断し、外部に切り出す動きも見られるが、こうした“裏方”の存在はICCの大きな力である。
このように、素材開発や加工技術を持つ地元企業の勘と経験、そして素材特性に基づく研究者の知恵が、ICCの設備を介して混ざり合っていく。研究者が果たしている役割は、企業がぶつかる技術的課題を乗り越えるための技術的知見を提供するだけでなく、課題解決そのものを企業と一緒に進めている。市場拡大を目指した事業化研究を企業と行うことで、結果的に複合材料そのものの価値を高め、用途を広げる研究開発につながっている。
取材を通じて、メンバーシップ制度の参加者、ICCの研究者や技師が共同で進める研究開発、そしてそれを支える企画戦略室の存在、さらには実用化に向けアウトリーチ活動こそが、ICCのエコシステムの中核であることが理解できた。
今回(前編)は、ICCの役割や機能を明らかにするため、ICCおよびICCのエコシステムの独自性について紹介してきた。しかし、ICCが形成しているエコシステムの真価は、ICC側の話だけでは十分に理解できているとはいえない。そこで、ICCに参画する地元企業4社にも話を聞いている。この4社の取材においては、当初はICCに対するスタンスや評価はある程度共通していると予想していた。しかし実際には、4社それぞれがICCと協働する理由や自社の立ち位置、ICCと取り組むことで得られた成果が大きく異なっていた。後編では、地元企業側がICCにどのような価値を見いだしているのかを探ることで、エコシステムの実像とICCの果たす役割を立体的に捉えたい。
1991年に東京大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。経済産業省では日本の魅力を発信するクールジャパン政策や、日本のモノづくり産業支援政策などを推進。特許庁時代には、商標や意匠を活用したブランディング戦略や、技術情報などをベースとした知財戦略を支援した。その後、石川県の副知事となり、デジタル化、グリーン化などに取り組んだ。2025年から政策研究大学院大学 特任教授、金沢工業大学 産学連携室 客員教授を務める。
1988年に九州大学大学院を修了後、三菱電機入社。研究所にてリアルタイムネットワークの研究開発に従事。また、名古屋製作所でCC-Link IEの開発やe-F@ctoryの事業企画などを担当。情報技術総合研究所長、FAシステム事業本部役員技監として研究開発を統括した。2023年から早稲田大学研究戦略センター教授。ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)WG1共同主査(2022年度)、一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)理事などを務める。博士(工学)。
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