ガジェンドラ氏は、「だからこそ技術を標準化する必要がある」と訴えた。
移動体であるため外部から常時電力を供給できない自動車というハードウェアは、使える電力量に限りがある。また、一般的にAI処理に使われるGPUは、消費電力が膨大で、需要が爆発的に増えているため価格も高騰している。
Armはそれらを解決するソリューションとして、2025年6月に「Arm Zena CSS」を発表した。Zena CSSは、車載向けSoCを開発するためのプラットフォームで、CPU、機能安全、電源管理といった基盤部分を標準パッケージとして提供するものだ。
また、チップレットベースのSoC設計におけるシステムレベルの課題解決に向け、「Foundation Chiplet System Architecture(FCSA)」を策定。これは、Arm IPに限定されないベンダー中立な仕様であり、同年10月には、ハードウェアの標準化を推進するコンソーシアム「Open Compute Project(OCP)」への寄贈を発表した。
ガジェンドラ氏は、「標準化されたアーキテクチャを提供することで、レイヤー増加で発生する複雑さと統合リスクを軽減し、低消費電力化に貢献する。OCPの場でBMWグループ、imec、LGエレクトロニクスらと連携し、FCSAを車載分野の業界標準として推進していく」と語る。
小川氏も、自動車産業のエコシステム構築は複雑であり、オープンスタンダードを基にした協業が必要である点に同意した。しかしその上で、「メーカー側は、単に標準に従うだけでは優位性が持てない。コストや製品価値による競争も必要だ」と指摘する。この先は協調と競争のバランスを見極めつつ、「誰がデファクトスタンダード(事実上の標準)を握るか」を注視していく姿勢を示した。
対談の最後に、ガジェンドラ氏から「AIによる5年後の変化」について問われた小川氏は、「アンビエントAI(Ambient AI)」と「フィジカルAI(Physical AI)」の2つのキーコンセプトを提示した。
アンビエントAIとは一般的に、スマートフォンやPCなど特定のインタフェースを介さず、人々の生活に溶け込んで常時稼働するAIを指す。今後あらゆるデバイスにアンビエントAIが搭載されたとき、モビリティが処理すべき演算回数は飛躍的に増大すると予測される。
このアンビエントAIを制御するカギとなるのが、フィジカルAIである。これは、仮想空間の処理にとどまらず、現実空間の環境や処理をリアルタイムで認識し、ロボットやクルマが自律的に行動することを可能にするAI技術だ。
小川氏は、このフィジカルAIを実装したクルマとロボットこそが、アンビエントAIの枠組みにおける中心的なキーコンポーネントとなり、将来的には「スマートフォンを超える主要なコンポーネント」となる可能性を指摘する。両者は、仮想空間と現実空間がシームレスに接続する未来を見据え、「この技術変革の実現において、Armとホンダがそれぞれの役割でキープレイヤーになるだろう」と対談を締めくくった。
ガジェンドラ氏は、対談終了後のメディア向けQ&Aセッションにおいて「Armは日本におけるモビリティ開発を非常に重要視している」と強調した。
その理由として、日本の自動車産業とは長年の協業の歴史があり、Armは日本の顧客から多くの技術を学んできたと説明。また、2025年9月に4周年を迎えたSDV(ソフトウェアデファインドビークル)の標準化団体「SOAFEE」にも触れ、同年5月に東京で開催されたセミナーにはにはAstemo、デンソー、イーソル、パナソニック オートモーティブシステムズらが登壇した例を挙げた。ガジェンドラ氏は「日本が標準化された自動車用ソフトウェアの推進を支える上で重要な役割を果たしている」と語る。
ArmはSDVの次の概念として、「AIDV(AI Defined Vehicle)」への移行を見据えている。AIDVとは、将来のモビリティにおいてADAS(先行運転支援システム)やコックピットに多くのAIアプリケーションが搭載され、AIがプロセス全体を主導する未来のクルマと、同社は定義している。ただし、ガジェンドラ氏は「AIDVはSDVを完全に置き換えるものではなく、あくまでSDVという基盤の上に構築されるものだ」と補足し、今後も日本におけるSDV開発の基盤構築に貢献する姿勢を見せた。
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