CFDソフトウェアは設計現場においても徐々に普及しつつあるが、導入コストや操作の難しさから、気軽に扱える環境は依然として限られている。そうした中で登場したのが、クラウドベースのCFD解析サービス「AirShaper」だ。本連載ではその実力と可能性を、実際の使用感とともに検証する。第2回は、シンプルな使い勝手を支えるAirShaperの裏側の技術に注目しながら活用の流れを紹介する。
前回に引き続き、今回も「AirShaper」のレビューを行っていきます。
今回は【実践編】ということで、“使い勝手”についてより詳しく掘り下げたいと考えました。ところが、連載第1回で紹介したように、AirShaperは非常にシンプルな使い勝手が特長です。そのため、実践での流れを紹介しつつ、少し目線を変えて、今回のタイトルにあるように、このシンプルさを支えているAirShaperの裏側の技術に注目してみたいと思います。
具体的には、筆者にとって非常にインパクトのあった、メッシュ生成を中心とする解析モデルの作成について詳しく述べていきます。
前回の記事では、SaaS形式のCFD(Computational Fluid Dynamics/数値流体力学)解析サービスのAirShaperが、従来のCFD解析が抱えていた「高コスト」や「専門知識の壁」を、いかに打ち破る存在であるかという全体像を紹介しました。
本稿では、筆者が所有する3Dモデル(前回使用したものとは異なるモデル)を持ち込み、解析ワークフローを詳細にレビューしていきます。
中でも、ユーザーがほとんど意識することなく実行できる「自動化された裏側のプロセス」に焦点を当てていきます。AirShaperは一見、簡易的で使いやすいツールに見えるかもしれませんが、実は高度な技術的裏付けを持つプロ仕様のツールであることを明らかにしたいと考えています。
既にCFDによるシミュレーション業務に携わっている方であれば、うなずいていただけるかもしれませんが、従来のCFD解析で最も手間と時間を要するステップの一つは、解析に用いる3Dモデルの準備だと筆者は考えています。
自分でジオメトリを準備している場合、たとえモデルを乱雑に作成したとしても、どこに問題がありそうか、どう直せばよいかを把握しているため、修正にそれほど手間はかかりません。そもそも、そのような修正作業が発生しないように、最初から注意を払ってモデルを作成しています。
しかし、受託解析の場合は、どのような3Dデータが提供されるか分からないことが多くあります。一見、問題なさそうに見えるデータでも、そのジオメトリを基にモデルを構築しようとすると、エラーが発生することは少なくありません。
多くのCFDソルバーでは、解析に投入する前に、モデルが「Watertight」、つまり、きれいに閉じた状態であることが求められます。この制約は意外と厳しく、3Dスキャンデータや設計初期のモデルには、微小な穴や隙間(非水密な部分)が含まれていることが多くあります。さらに、それだけでなく、面が自己交差しているケースも見られ、こうした不備を修正する必要があります。
もちろん、商用ツールには、こうした修正をまとめて実行できる機能が備わっていることが多いでしょう。しかし、自動修正では対応し切れない部分が残ることもあり、それらは手作業による修正が必要です。修正作業には、場合によっては数日、長ければ数週間を要することもあります。筆者自身も、解析に取り掛かる前に、週単位でジオメトリ修復に時間を費やした経験があります。
こうした問題を、AirShaperは技術的に解決しているようです。
AirShaperは、他の多くのソフトウェアと同様に、STLやOBJといった主要な3Dファイル形式に対応しています。しかし、Watertightでない、かなり乱雑なデータでも、そのままアップロードすることが可能です。
これは、AirShaperのコア技術がデータ修復を完全に自動化し、Watertightでない形状に対しても安定した解析メッシュを生成できるワークフローを備えているためです。これにより、ユーザーはモデルの形式や状態を気にせず、ドラッグ&ドロップだけで解析準備を完了できます。
正直なところ筆者にとっても非常に助かる機能であり、以下に挙げる論文(注1)によれば、AirShaperはもともと既存の自動車の3Dスキャンデータから、完全自動化されたCFDフローの実現を目指して開発されたようです。そのため、筆者が普段扱っている比較的小さなモデルであれば、なおさら容易に対応できることが想像されます。
※注1:なお、この技術は、AirShaperのCEO(最高経営責任者)が著者の一人として執筆した学術論文「Reverse Engineering Vehicle Aerodynamics - A Fully Automated Methodology using 3D Scanning and OpenFOAM」において発表されています。筆者はその論文を基に、上記の内容を述べました。
同論文では、3Dスキャンデータを用いた車両の空力解析(Cybertruckを用いた検証事例など)において、高い精度が実証されています。論文自体は、国内では以下のリンクからダウンロード可能です。
https://tech.jsae.or.jp/paperinfo/ja/content/p202501.220/
ここから先の内容には、前回の記事と重複する部分もありますが、あらためて手順について説明していきます。
CADデータを投入した後、ユーザーが行う設定は驚くほどシンプルです。具体的には以下となります。
特に注目すべきは、メッシュ(格子)の生成に関する設定が、ほとんど不要である点です。例えば、筆者が通常使用している解析ソフトウェアでは、まず解析空間全体の粒度を設定し、さらに局所的により細かくしたい領域やその粒度、境界層の厚みなども定義する必要があります。
このあたりは、普段から解析を行っている方でも悩むポイントではないでしょう。筆者も、時間をかけてメッシュを設定したにもかかわらず、確認後に設定を変更してやり直すということが珍しくありません。
こうした工程をおろそかにすると、解析の精度に影響を与えるだけでなく、品質の悪いメッシュが生成されることもあります。その結果、順調に進んでいたはずの計算がメッシュ品質の問題で発散し、失敗に終わることもあります。
要するに、CFD解析の精度と計算時間を左右するメッシュ生成は、かなり高度な専門知識を要する作業といえます。しかし、AirShaperでは、このメッシュ生成と最適化がAI(人工知能)ベースで完全に自動化されているようです。
ユーザーが「この部分のメッシュを細かくしたい」といった指示を出す必要はなく、風の流れの特性に応じて、システムが自動的にメッシュの粒度を調整してくれる仕組みが備わっています。
なお、AirShaperのメッシュ作成機能の背景にある技術については、同社CEOが執筆した学術論文「Open source tools for OpenFOAM - Adaptive mesh refinement and convergence detection」の中で詳しく解説されています。
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