SpaceXやAppleに見る、日本のモノづくり力を過去の栄光とした先進の材料設計とはマテリアルズインフォマティクス(2/4 ページ)

» 2025年06月26日 08時00分 公開
[遠藤和宏MONOist]

コンカレントエンジニアリングとは?

 日本の自動車メーカーは1980年代にコンカレントエンジニアリングを導入し生産性の向上や市場ニーズに適した製品のリリースなどで成功を収めた。コンカレントエンジニアリングのフロー(コンカレントフロー)は、設計に関する重要な意思決定により多くの関係者(ステークホルダー)を初期段階から関与させ、開発する製品の制約や潜在的な問題を設計の早期に洗い出し、迅速に検証を行う

1980年代のパラダイムシフト:日本企業をグローバルリーダーへ押し上げたコンカレントエンジニアリング 1980年代のパラダイムシフト:日本企業をグローバルリーダーへ押し上げたコンカレントエンジニアリング[クリックで拡大] 出所:エンソート

 ハイバー氏は「コンカレントエンジニアリングは合意形成を重視する日本人の意思決定文化の産物ともいえる。つまり、製品設計の意思決定を行う際に、影響を受けるあらゆる部署から意見や知見を集約するというのが、日本人にとって自然な考え方だった。営業部、マーケティング部、設計部、エンジニアリング部、製造部、調達部など、関係する全ての部門が一堂に会し、何をすべきかを話し合う。一方、従来型の逐次プロセス(シーケンシャルフロー)が主流だった他の多くの国では当時、このような意思決定の方法は一般的でなかった」と説明する。

 当時、他国の多くが採用していたシーケンシャルフローは、まず製品コンセプトを最初に決定し、それがエンジニアリング部門に引き継がれ、最終的に製造部門がかなり後になってから関与するという流れが通常だった。「当然ながら製造段階で問題が発生すると、設計の見直しが必要になり最初からやり直しになることもしばしばあった」(ハイバー氏)。

 シーケンシャルフローの問題は「局所最適な解」を生み出す点にある。例えば、自動車の設計では何千もの技術的な意思決定が求められる。シーケンシャルフローでは、その複雑さを低減する目的で、大きな問題を分解し複数の小さな問題として、それぞれを専門チームが独自に並行して解決していく。「しかし、それぞれの小さな問題は独立しておらず解決しても大きな問題の解消にはつながらない」(ハイバー氏)。

シーケンシャルフローの問題 シーケンシャルフローの問題[クリックで拡大] 出所:エンソート

 日本の自動車メーカーでは、自動車の設計サイクル期間で、従来型の逐次プロセス「シーケンシャルフロー」を採用していた時は6年間かかっていたが、コンカレントエンジニアリングを導入することで3年間に短縮した。「米国の自動車メーカーは当時、日本の自動車メーカーが市場からのフィードバックや新技術を次期モデルの設計に反映するスピードにとても驚いていた。コンカレントエンジニアリングの採用により、日本の自動車メーカーはPR活動や品質管理といった、ブランディングで最も重要な要素に集中することができた。現在では、コンカレントエンジニアリングは、世界のさまざま企業で複雑な工学製品を開発する際に標準的な手法となっている」(ハイバー氏)。

 さらに、コンカレントエンジニアリングが体系化された後、1990〜2000年代にかけてコンピュータの計算能力が向上するとともに、計算支援ソフトウェアツール「CAE/CAM」がリリースされ、国内外を問わずさまざまな自動車メーカーが設計でCAE/CAMを採用した。その結果、現在では自動車の設計サイクル期間が平均して約2年に短縮されている。

 「ここで主流となっているコンカレントエンジニアリングの設計の問題についても考えてみよう。例えば、自動車の設計では数千に及ぶ部品や素材、システムなどのパラメーター(特性)を設定する必要がある。全てのパラメーターを1つの部門で決定するのは不可能なため、コンカレントエンジニアリングを採用している組織でも、部品や素材ごとにティア(階層)と担当チームを決めて対処している。しかしながら、さきほど話したように部品や素材、システムは相互に関連し合っているため、各チームが導き出した部品や素材のパラメーターは局所最適な解にしかならない。つまり、組織構造自体が最適なパラメーターを導出できない原因になっている」(ハイバー氏)。

従来型の設計アプローチ:分断された時間のかかる材料設計 従来型の設計アプローチ:分断された時間のかかる材料設計[クリックで拡大] 出所:エンソート

 特に問題なのは、設計全体が2〜3年のサイクルで進行しているティア1〜2(ボディー、パワートレイン、電子システム、フレーム、バッテリー、コンピュータシステムなど)の上位層に対して、最下層であるティア3の材料設計の進行速度が遅い点だという。「つまり、材料設計は他の設計プロセスと同期して進んでいない。歴史的にこの材料設計の進行が遅かったために、それを使うティア2(部品設計者)の立場では、材料を新たに設計するというよりも既存材料の中から選定する動きが多かった。そのため、部品設計者はタイムスケール(設計期間)の期限を守る目的で利用可能な材料をほとんど固定しているのが実情だ」(ハイバー氏)。

 材料設計サイクルの遅さに伴う材料アプローチの自由度の低さをAIが解決しつつある。「AIによって材料開発のスピードが急速に加速してる。これにより、材料設計が他の設計プロセスと同じタイムスケールで進められるようになりつつある」(ハイバー氏)。

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