――AIを製品開発プロセスの中に取り入れるためには、データの有効活用が不可欠だと思います。製造業の現状をどう見ていますか?
ライヒネーダー氏 多くの企業が非常に多くの設計/製造データを保有しているにもかかわらず、それらを有効活用できていないのが実情だ。もし、それらのデータから得られる知見に、若手や経験の浅いエンジニアが簡単にアクセスできれば、企業にとって大きな資産となるだろう。
例えば、自動車の衝突解析であれば、解析の結果を得るのに半日以上を要することも珍しくないが、過去に実施した衝突シミュレーションに関する膨大なデータを有効活用できているだろうか。実際、類似した条件のデータが既に存在していることが多く、そうした過去からの蓄積を機械学習に活用すれば、サロゲートモデルによって数秒で解析結果を予測することが可能になる。つまり、既存データをフルに活用することが、AIの価値を最大化する鍵になる。
ただし、AIを活用するには、インストールすればすぐに使える従来のソフトウェアとは異なり、企業自身が持つ独自のデータでの学習が不可欠である。従って、データを正しく蓄積し、整理し、構造化することが前提となる。われわれは、「Fusion」などの業界特化型のクラウド(インダストリークラウド)を通じて、顧客がこうしたデータ基盤を構築できるよう支援している。
AI技術は既に強力な力を持っているが、今後の発展を考えると、社内の“サイロ化”された情報を開放し、組織全体でデータにアクセスできる構造を整えることが極めて重要だ。これこそが、われわれがクラウドプラットフォームへの投資を重視している理由の1つである。
――ベルニーニは製品ではなく、研究開発を目的としたプロジェクトとのことですが、その成果はどのようにオートデスクの製品やサービスとしての提供につながっていくのでしょうか?
ライヒネーダー氏 ベルニーニはあくまでも研究開発を目的としたプロジェクトであり、それ自体を単独の製品やサービスとして提供する計画はない。ただし、プロジェクトを通じて得られた知見や技術、アルゴリズムの中で、製品化に適したもの、顧客の課題解決に貢献できるものがあれば、「Autodesk AI」として、当社の主力製品である製造業向けインダストリークラウドのFusionなどに組み込んで提供していく可能性がある。
例えば、自動車業界向けの3Dデザインツール「Alias」では、既にAIによる自動車外装デザイン支援機能「Form Explorer」が導入されている。これは、既存のデザインコンセプトを精密なサーフェスデザインへと変換するAI機能だ。また、前述したサロゲートモデルの技術についても、既にAliasで実行可能な段階にあり、自動車業界から展開を始めている。
サロゲートモデルは、流体解析や構造解析、空力解析、衝突解析など、さまざまな解析で活用可能である。われわれはまず「安全性」に関わる領域、つまり製品の品質や信頼性に直結する部分から展開を強化している。こうした分野では、設計の迅速化だけでなく、開発リスクの軽減にも大きく貢献できると考えている。
サロゲートモデルを活用した解析結果予測のアプローチは、従来のCAE解析に依存した設計プロセスから、予測主導型の設計手法へのパラダイムシフトを促すものである。これは、企業が長年にわたって蓄積してきた貴重な設計知識を、AIによって活用/再利用し、エンジニア全体に広く還元していくという意味でも重要な技術だ。
現時点では、Aliasで展開を始めているが、将来的にはインダストリークラウドを介して、Fusionや3D CAD「Inventor」のユーザーに対しても、サロゲートモデルによる解析結果の予測機能を提供する形になるのではないか。
インダストリークラウドの領域ごとに、設計、製造、予測などの新たな“機能群”を提供していく。これは、かつてのように、単一の製品で全てを内包するのではなく、“必要な機能を選んで使う”という柔軟な構成に向かっていることを意味する。
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