企業全体のブランド構築を過度に重視すると、本来の目的である顧客獲得に結び付かない可能性がある。むしろ顧客のニーズや期待に即して、それぞれの領域での強みをブランディングする方が、結果として企業の成長を促進し、顧客の獲得にもつながる。
ブランド戦略を立案するに当たっては、まずターゲットとなる顧客層に適したポジショニングを明確に定めた上で、全社的なブランドイメージを構築することが重要である。
従来のブランディング手法では、「企業の強みを一貫して訴求する」ことが主流であった。このアプローチは、明確で統一感のあるイメージを形成する一方で、内容が抽象的で他社との差別化がしづらくなっていた。
一方、マルチアングルブランディングは、訴求軸を多く持ち各方面にメッセージ性の強い訴求ができることが大きな特徴だ。また、顧客の多様なニーズや市場環境の変化を迅速に取り込み、柔軟にブランドの訴求軸を調整できる点に特徴がある。
従来のブランディングとマルチアングルブランディングとの違いを表1にまとめる。
項目 | 従来のブランディング | マルチアングルブランディング |
---|---|---|
訴求軸の考え方 | 企業の強みを1つに絞り込み、明確なメッセージで発信 | 複数の強みや技術を多角的に訴求し、顧客ニーズごとに切り分け |
ターゲット層の範囲 | 明確に絞った特定の市場/業界に集中 | 多様な顧客層/用途に柔軟に対応 |
市場へのアプローチ | 一貫したブランドメッセージで広く発信 | 多様な訴求軸に基づいて個別に発信可能 |
メッセージの柔軟性 | 固定されたフレーズに依存しやすい | 顧客の評価/ニーズに応じて柔軟に再構築可能 |
変化への対応力 | 市場やニーズの変化に対応しづらい | フィードバックを活用し、迅速にポジショニングを調整 |
競争力の源泉 | 企業が定義する「強み」に依存 | 顧客から評価される「価値」に基づくポジショニング |
表1 マルチアングルブランディングと従来との比較 |
プラスチック加工を手掛ける、従業員規模15人ほどの荒川技研(https://www.a-giken.co.jp)による成功事例を紹介する。
同社は、自社の保有技術を精緻に分析し、多角的な訴求軸を設定するブランディングを実施した結果、多方面からの引き合いを獲得することに成功した。これにより、従来はアミューズメント系企業1社への依存度が高かった事業形態から脱却し、200社を超える企業との取引を実現する体制へと変革を遂げた。
受託加工業のようなB2Bビジネスにおいては、コーポレートカラーやロゴといった視覚的要素よりも、「技術力」「実績」「信頼性」といった本質的な要素の方が重視されるのが実情である。発注担当者にとって重要なのは、「問題を解決できるか」「期待通りの品質や納期を守れるか」といった点である。
そのため、B2C企業に見られるような視覚的ブランドイメージが購買意欲を直接左右する場面は少なく、受託加工企業の場合は「どの分野の加工に強みがあるのか」「どのような実績を有しているのか」を明確に示すことが優先される。仮にコーポレートカラーやデザインにこだわっていたとしても、それに見合う技術力や実績、価格、納期対応力がなければ、ビジネスチャンスを得ることは難しい。
もっとも、これらのビジュアル要素が全く意味を持たないわけではない。Webサイトや資料、展示会ブースなどにおいて、同一のカラーやロゴを一貫して使用することにより、最低限の「記憶に残りやすさ」や「統一感による信頼感」を得ることはできる。ただし、それはあくまで補完的な役割にとどまり、最終的な決め手となるのは企業が有する技術力や実績、そして信頼性であることを認識しておく必要がある。
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