平均点主義の製品づくりは、おそらく日本企業の文化や人事制度と密接に関係している。終身雇用や年功序列は崩れつつあるとはいえ、特に伝統的企業ではいまも根強いものがある。
日本企業がリインベンターズを目指すため、あるいは望ましい未来を切り開くためには、組織と人事における変革は避けて通れないだろう。以下に挙げるのは、アクセンチュアの考える組織と個人の原則である。企業全体の変革を目指す企業にとって汎用性が高いと思われるので紹介したい。
ポイントは変革に向き合う(または、向き合わざるを得ない)人たちの内面である。経営者はもちろん、部門や現場のリーダーは人の心の機微を洞察しつつ、変革を進める必要がある。
まだ少ないとはいえ、日本にもTERを目指す企業が現れ始めている。例えば、売上高1000億円規模の中堅メーカーA社は、今本気で変革への道を走っている。A社の取り組みで印象的なのは、強くしなやかなリーダーシップだ。変革を主導する社長は従業員から慕われており、幹部の信任も厚い。全社を対象としたDX改革プログラムでは、各事業部門、機能部門が参画し、大企業で見られがちな“部門の壁”を見事に取り払っている。商品企画、設計、調達、工場、営業さらにはバックオフィス部門も含め、正に一丸となって改革を進めている。
特筆すべきは四半期ごとの進捗会議だろう。社長や経営陣、本部長クラスの各部門責任者、部長、課長が一堂に集まって進捗を報告し、方針決定まで行う。この会議をマイルストーンとし各部門で改革活動を進めるのだが、筆者が素晴らしいと思うのは、この場で耳あたりの良い報告だけではなく困り事も共有されることだ。何でも相談できるという会社への厚い信頼のもと、状況に応じて柔軟に方針を修正しつつ、大企業であれば3年はかかる改革を1年程度で遂行している。
サプライチェーンやエンジニアリングチェーンは、一つのプロセスの効率化がなされると、必ず次のプロセスにしわ寄せが起こる。すなわち、設計リードタイムが短縮されれば、それだけ早く生産も準備されなければならず、生産が効率化され生産量が増えれば、当然その分を営業側が販売することが求められ、叶わなければ在庫の山が出現する。そういったプロセス間の不整合もこの会議で共有され、部門間で役割を決めて解決する仕組みになっている。A社のチャレンジが遠からず、大きな実を結ぶことを筆者は確信している。
今、「日本企業的なるもの」は確実に変化しつつある。人事制度では、ジョブ型雇用を導入する企業が増え、社員のマインドも大きく変わった。かつて、会社は「閉鎖的な村社会」に例えられることもあったが、今は明らかに違う。特に若手の意識はオープンで、外部と積極的に交流しようとする個人が増えている。時間の経過とともに、そんな社員の層は厚みを増していく。
こうした変化は、製造業の多くが志向するオープンイノベーションとも親和的である。今や、自分たちだけでイノベーションを実現するのは無理があると、多くの経営者が認識しているはずだ。研究機関、異業種はもちろん、ときには競合とのコラボレーションさえ必要とされる場面があるかもしれない。そんなとき、オープンマインドな若手社員が大きな役割を担うことだろう。
組織の原則の1番目に挙げたように、最も重要な資源は「人」である。製造業DXの実践、そして企業全体の変革の成否は「人」次第だ。人をいかに鼓舞し、モチベートするか。リーダーの真価が問われる。(連載完)
河野 真一郎(こうの しんいちろう) アクセンチュア株式会社 インダストリーX本部 エンジニアリング&マニュファクチャリング 日本統括マネジング・ディレクター
1993年アクセンチュア入社後、日本自動車産業統括、アジア・パシフィック地域 自動車・産業機械・物流グループ統括を経て2021年より現職。2017年『インダストリーX.0 製造業の「デジタル価値」実現戦略』日本語版の監訳/序文を執筆。2019年『ものづくり「超」革命』日本語版の監訳/日本語章を執筆。Hannover Messe、東京モーターショーなど講演は50回以上を数える。
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