技能継承は「一回やれば終わり」じゃない 定着化に必要なデータ活用の仕組み製造マネジメント インタビュー(1/3 ページ)

国内製造業にとって喫緊の課題の1つが「技能継承」だ。これを支援するデジタルサービス、ツールも多く登場しているが、必要なのは長期的視点で技能継承の活動を続けられるか、という視点だ。デジタル技術を活用しつつ、技能継承を長期にわたるプロジェクトとして走らせる上で必要な取り組みを聞いた。

» 2024年06月27日 07時15分 公開
[池谷翼MONOist]

 国内製造業にとって喫緊の課題の1つが「技能継承」だ。熟練者が定年退職などで企業を去ることで、現場で必要な技術やノウハウが若手技術者へと十分に継承されないリスクが高まっている。

 この中で、AI(人工知能)などデジタル技術を活用した技能継承支援サービスも登場している。現場で脈々と受け継がれてきた暗黙知を、映像解析や自然言語処理技術などを通じて可視化し、形式知化する。ロボットなど自動化機器導入による省人化も重要な一手だが、現実には人手で担う必要のある現場業務も多い。人から人への迅速な技能継承を実現する上では、こうしたサービス、ツールを活用していくことも大事だろう。

 ただ気を付けたいのが、技能継承は一回施策を実施したら、一度ツールを導入したらそれで終わり、ではないということだ。当然だが、人材を育てるには中長期の時間が必要になる。そのためには、技能継承のデジタル化だけでなく、プロセス自体をいかに組織に定着化させるか、という視点が必要ではないか。

 デジタル技術を活用しつつ、技能継承を長期にわたるプロジェクトとして走らせる上で必要な取り組みとは何か。製造業のスキルマネジメントツール「スキルノート」や、技能継承活動の立ち上げ支援サービスを展開するSkillnote 代表取締役の山川隆史氏と同社 社長室 マネジャーの高木孝介氏に話を聞いた。

Skillnoteの山川隆史氏(左)と高木孝介氏(右) 出所:Skillnote

「全てのスキルを伝えなければならない」という思い込み

MONOist 製造業の技能継承向けのデジタルサービス、ツールが多く登場しています。

高木孝介氏(以下、高木氏) さまざまなITベンダーが、暗黙知を形式知化するデジタルサービスを市場投入している。AIがベテラン技術者の動きを観察して、若手の動作との差異を可視化するといったソリューションが、一部の先進的な企業で導入され、浸透し始めてきているようだ。

 しかし、技能継承のプロセスを継続的にPDCAサイクルのもとで回すべきだ、といった視点を持つ製造業はさほど多くない。従来の「先輩から自然と学ぶ」という方法にしろ、浸透し始めたデジタルツールを活用するにしろ、今は良くても何十年かすれば同じ問題が起こる。長期的な視点で、自分たちの継承の成果を定期的に評価し、取り組みにフィードバックする仕組みが大事だ。

 ここでは技術や知見などを合わせて、スキルと表現したい。製造業でのスキル継承でよく誤解されるポイントが2つある。1つは、技術が全て企業内にあるとは限らない点だ。外部企業に業務の一部を委託しているところもあり、モノづくり全てを内製化しているわけではない。

 もう1つが、「ベテラン社員の全てのスキルを伝えなければならない」という思い込みだ。本来は、どのスキルを次世代の社員に受け継ぐべきかを決定し、計画的に実行していかなければならない。継承後には、継承のプロセスが効果的だったか、本当に継承の優先度が高い技能だったかを検証すべきだ。計画と実績にギャップがあったなら、その知見をそれ以降のスキル継承に生かす必要がある。

 ただ、そもそも最優先で継承すべきスキルは何か、そのスキルを備えた人材は誰か、といったことを組織内でディスカッションして計画的に進められる企業はまだ少ない。やはり、製造業では先輩から自然と学ぶという仕方でスキルが伝えられることが多い。

山川隆史氏(以下、山川氏) 製造業の経営層も、スキルの継承を非常に重要な経営課題として認識しているところが多い。しかし、継承の方針を具体的に立てて、現場と意識を共有しつつ取り組みを進めている企業は少数にとどまる。

MONOist スキル継承のサイクルを定着化させる上で大事なことは何でしょうか。

高木氏 ポイントは3つある。1つ目は、先ほども言ったが、スキル継承の対象となるコアなスキルの絞り込みだ。製造業では部門単位でも数百の技能があり、事業所単位で見れば千、万単位に上ることも珍しくない。それを全て等しく伝えようとするのはそもそも無理がある。

 しかも、現場で求められるスキルの種別は不変ではない。技術の進歩や市場のニーズ変化に応じて次々と変わっていく。一度絞り込んだスキルも、時間がたてば陳腐化してしまう可能性があることには注意すべきだ。

 2つ目は、スキル継承のプロセスを計画的に実行することだ。経営層が課題感を持っていても、実際の現場は日々の生産や開発のオペレーションに忙殺されている。高度化する顧客要望に応えるためにも、他人にスキルを伝えることより、自分のアウトプットに注力せざるを得なくなってしまう。若手も、自分が何を学ぶべきかが明確でないので、教えてほしいと言い出しにくい。

 3つ目は、スキルを学んだ後の効果の可視化だ。学習者が内容を理解できたか、実際に学習成果を発揮しているかを見える化しないと、教えたが特に変化がない、などやりっぱなしになりかねない。それでは、指導側も何が変わったのかよく分からず、継承活動自体が衰退していくリスクがある。PDCAの「計画」「実行」「検証」の各ステップで課題を洗い出して、組織としてサイクルを回すことが大事だ。

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