マテリアルズインフォマティクスの教育と成果の現在および未来MONOist 2024年展望(1/3 ページ)

2023年は素材産業をはじめとするさまざまなメーカーがマテリアルズインフォマティクスの取り組みや効果について発表した1年だった。それらを振り返りながら、2024年以降のマテリアルズインフォマティクスのさらなる浸透と拡大で重要な役割を果たすであろう教育方法や導入効果について考察する。

» 2024年01月11日 07時00分 公開
[遠藤和宏MONOist]

 現在、素材産業をはじめとするさまざまなメーカーでは、製品ニーズの多様化と新製品開発期間の短縮に伴い、迅速な新素材の開発と高品質化が求められている。国内ではカーボンニュートラルへの対策が注目されていることもあり、環境配慮型の素材への需要が増大するとともに、環境に優しい素材開発にも関心が寄せられている。

 さらに、地政学的なリスクや産地である国の輸出規制および輸出税の増額により、銅、コバルト、ニッケルなどの金属やレアアースの調達が困難になると専門家は示唆しており、そのためこれまでとは異なる資源入手先の開拓や代替品を用いた素材開発手法も重要性を増している。

さまざまな国の素材の輸出規制や輸出税増額 さまざまな国の素材の輸出規制や輸出税増額[クリックで拡大] 出所:積水化学工業

 これらの課題を解決する手法として、マテリアルズインフォマティクス(MI)が注目されている。MIは、素材開発を積み重ねる中で培ってきた実験データとシミュレーションにより生成された分子構造のデータを組み合わせるなどして、従来にない新たな物性や機能を有する素材の開発をデジタルの力で効率良く進める開発手法だ。

 2023年は、国内のさまざまなメーカーが新素材の開発などでMIの活用に踏み切ったり、推進したりした1年となったことを踏まえると、今後もMIのユースケースが多数発表されることが考えられる。

 そこで、MONOist素材/化学フォーラムの2024年の新年展望では「MIの教育と成果の現在および未来」をテーマにこれまでの取材内容を振り返りながら考察を述べたいと思う。

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MIの導入で鍵となる情報科学の教育方法

 MIでは、分析技術を用いて実験データを解析するデータサイエンティストや、複数の実験データを基に機械学習(MI)を行いユーザーが求める物性の素材を導き出すAI(人工知能)アプリケーションを開発するプログラマーなどが必要となる。そのため、MIを社内に導入する上で鍵となるのは情報科学を扱える人材だ。

 しかしながら、情報科学を扱えるデータサイエンティストなどの人材は就職/転職市場で獲得競争が激化しており確保が難しいだけでなく、素材/化学の知見がない人材が多く実験データの内容を理解できず素材開発を行う化学者と意思疎通する際に手間がかかる。

 解決策として、素材開発を行う社内の化学者に情報科学の技術を教育する方法を採用するメーカーが増えつつある。大別すると社内の化学者へのMI教育方法には「社内教育型」と「社外教育型」の2種類がある。

 社内教育型の事例として積水化学工業に行ったインタビュー記事の一部を紹介する。積水化学工業では、まず社内公募制度を用いて、社内でデータサイエンティストとして成長したいとチャレンジする人材を募った。その結果、データサイエンティストへのチャレンジ精神を強く持つ複数の優れた人材が集まった。ただし、集まった人材は、素材開発のプロフェッショナルであったが、データサイエンティストとしてはほぼ未経験であったという。

 そこで、素材開発に貢献できるデータサイエンティストとして必要とされる技術、能力を可視化した表「人材スキルマップ」をベースに4段階のレベルを設定し、データサイエンティストの技術を習得させ、自立型のデータ解析技術を持つ人材に育成している。

 4段階のレベルでは、機械学習の技術だけでなく、素材開発の経験や社外との連携力、マネジメント力など、開発の全体像を理解し、先導できる能力の度合いを各レベルで設定した。これにより、各データサイエンティストが現在どのレベルにいるかが分かり、レベルを上げるためにどの技術、能力を取得するかが理解しやすくなっている。

 また、開発課題を迅速に解決するデータ解析技術やノウハウが足りていないという課題認識を持っていたため、情報科学領域で先端をいく複数の大学や研究機関との連携を積極的に進めることによって、人財教育の加速、解析技術力の向上を実現した。

 この事例を踏まえると、社内教育型は、MIに精通した人材が社内に必要だが、独自の教育プログラムを構築することでMI教育のノウハウが蓄積される利点がある。教育プログラムの構築や外部連携で人手がいるため、さまざまな知見を持つ多くの化学者を抱える大手メーカーが採用しやすいと考えられる。そのため、2024年も社内教育型は大手のメーカーを中心に拡大するとみられる。

積水化学工業のMI導入における課題と対策 積水化学工業のMI導入における課題と対策[クリックで拡大] 出所:積水化学工業
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