今回の研究成果では、NTTが作製した単一電子素子であるシリコン量子ドットと産総研が持つ精密電流計測技術を組み合わせることにより、2つの独立したシリコン量子ドットから発生した電流の大きさを精密に比較し、それら2つが4×10−7程度の相対不確かさで一致していることを世界で初めて確認した。また、この比較した電流を2つ足し合わせることで、不確かさを小さく保ったまま電流を逓倍(2倍)することに成功した。つまり、これまでの単一電子素子の手法で解決できていなかった課題に対して解決の道を示したことになる。
NTTは、100mmウエハーベースのシリコンナノプロセスラインを用いてシリコンナノ細線トランジスタを作製し、これを用いて大きさ数十nm程度のシリコン量子ドットを2つ(素子A、素子B)形成した。
シリコン量子ドットは2つのゲート電極に負の電圧を印加することで形成できる。これら2つのゲート電極のうち片側に正の電圧を印加することで、ソース側のエネルギー障壁が低下し、電子が量子ドット内に誘導される。次に、正の電圧を印加した電極に負の電圧を印加することでポテンシャルエネルギーを増加させ、量子ドット内に電子を1つだけ取り出す。最後に電極に印加する負電圧を大きくすることで、量子ドットに閉じ込められた1つの電子をドレイン側に放出する。この一連の動作を、交流電圧によって連続的に行うことで、電子を1つ1つ移送して電流を発生させることが可能になる。
このとき発生する電流Iの値(A)は、改訂されたSI単位系に基づくと、1秒間に運ばれる電子の個数f(個/秒)と電気素量e(1.602176634×10−19C)の積(I=e×f)になる。実際に2つの独立なシリコン量子ドットによって、1秒間に10億個の電子を送り出して発生させた電流とゲート電圧をプロットしたところ、電流がゲート電圧に対して変化しない「電流プラトー」と呼ばれる領域が形成されていた。NTTが提供したシリコン量子ドットと、産総研の精密電流計測技術、複数個の単電子素子の並列動作を行うためのサンプルホルダーを組み合わせた実験では、この電流プラトーの精密な評価を行い、2つの素子ともに10−6以下の精度で理論的な値I=e×fと一致していることを確かめることができた。
この実験では、2つの素子の電流の違いを精密に評価するため、特殊な検流計を利用して電流の直接比較を行った。その結果、発生した2つの電流は、電流全体の4×10−7以下の相対不確かさで一致していることが分かった。この結果は、2つのシリコン量子ドットから発生する電流として、1秒間に10億個の電子を転送した際に電子400個以下の違いしかないことを意味しており、素子の違いによらず一定の電流を生成できることが示されている。さらに、互いに同じ大きさだと確認された微小電流を素子を並列に並べて足し合わせたとき、相対不確かさを10−6程度に維持したまま電流の大きさを2倍にできることも実証した。2個で2倍なので、単位系の標準に必要な正確な逓倍を実現できたことになる。
今後は、今回確立したシリコン量子ドットによる相互比較と並列化による電流逓倍の技術を用いて、より多くの素子での並列駆動を行い、長年実現することが難しかった微小電流標準の確立を目指す。さらに、複数の単一電子素子を用いたこの技術によって、量子電流標準と量子ホール抵抗標準およびジョセフソン電圧標準の3つをオームの法則を介して組み合わせて、量子力学的な現象によって実現された「電流、抵抗、電圧」の3つの標準の整合性を確かめる「量子メトロロジートライアングル」の検証を行う方針である。
なお、今回の研究成果は2023年12月20日付(日本時間)で米国化学会の学術誌「Nano Letters」に掲載された。
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