ここからは現在注目されている技術、デジタルツインの観点からROSを見ていこう。
デジタルツインとは、工場やロボットなどの現実環境にあるシステムや物理的な構成要素をデジタルデータとしてシミュレーターや可視化ソフトといった仮想空間に再現し、実空間と同じような振る舞いや動作をさせることである。デジタルツインという言葉は広義に渡って使われており、単純に実空間を再現するといったことや、センサーなどの値をIoT(モノのインターネット)などで仮想空間に送信し、その場所での挙動を再現し、フィードバックや予測を行うといったものまで含まれる。
デジタルツインを活用することで、シミュレーションや実データの解析によって事前に物理システムを評価したり、リアルタイムで予測したりすることが可能になる。これらのデータ駆動型の取り組みで現実環境のシステム開発や保守が効率化されるとともに、高精度化も図ることができる。
ROSを用いたデジタルツインの開発としては、現実、仮想の両方の環境にROSによる制御が可能なロボットを用意する、ROS通信に対応したセンサーやシステムで現実環境のセンシングデータを仮想環境上に再現するなどが考えられるだろう。
総務省の「情報通信白書令和5年版」によれば、「世界のデジタルツインの市場規模は2020年の2830億円から2025年には3兆9142億円に成長する」と予測されている。本格的にデジタルツインを運用している企業も多く、現実環境でのセンサーの値を仮想環境上に取り込み、将来予測などを可能にしている。
デジタルツインの活用事例としては、アマゾン(Amazon.com)がIsaac Simを活用して新倉庫のレイアウトを作成して事前に効率を確認したり、現実に近い学習データを作成してロボットの物体把持AIを作成したりしている。また、安川電機の「YRM-X」というコントローラーは、接続されたロボットのリアルデータをリアルタイムで解析し、その予測結果を現実空間のロボットにフィードバックできる。
ROSに関しては、現実空間を再現した仮想空間上での制御をROSで行うという検証や研究が多く、ROSを用いた本格的なデジタルツインの運用は始まったばかりだ。事例としては、工場現場を再現したシミュレーターでROSを用いて制御する建設機械のプラットフォーム「Open Construction Simulator」などがある。他にも、2023年7月の「Unity産業DXカンファレンス」で紹介された、ロボットアームの実機とUnity側での物体把持のデジタルツインデモ、3D都市モデルとBIMを活用したモビリティ自律運行システムの検証、Happy Qualityの農業用無人走行車「UGV」の農場内シミュレーションといったものがある。まだ事例が少ないため、今後の発展に期待が寄せられる。
ROSを用いたデジタルツインのメリットとしては、オープンソースや再利用性を生かしたコスト削減が挙げられる。ROSは、その通信システムや「RViz」による可視化など、豊富なパッケージやライブラリが提供されており、デジタルツインにおいても再利用性と拡張性を高めることができる。また、UnityやIsaac Simといった本格的なシミュレーターとの接続インタフェースが用意されているため、現実空間と仮想空間の連携が比較的容易であることも大きな利点である。
さらに、ROSはオープンソースソフトウェアであり、世界中のロボット開発者や研究者と情報や知見を共有することができるコミュニティーの力や、メーカーが提供するROS対応センサーの豊富さもメリットとして考えられる。これらにより、仮想空間で行ったロボットの動作確認や調整を現実空間に流用することができ、現実環境でのテストや施工の時間やコストを削減できる。
ROSを用いたデジタルツインの課題としては、既存システムのROS対応の必要性やROS自身のサポート期間が挙げられる。工場の現場ではPLCなどを組み合わせた独自の産業通信システムを構築していることが多く、そういったものをROSに対応させることは容易ではない。また、ROSは1年に1回の頻度でバージョンアップを行っており、仕様変更などによって各バージョン間で互換性がないこともあるため、仕様の統一が必要になる。
今回は、ROSの進化とデジタルツインの観点から見たROSの活用について考察した。次回の後編では、ROSのデジタルツイン活用の事例として、ROS 2を実装したロボットの実機とシミュレーションの連動について紹介する。
富士ソフト AI・ロボット開発 R&Dチーム
富士ソフトでAI・ロボット開発の調査研究を主務として、最新技術の調査・社内外へのセミナー等に対応し、AI・ロボット開発の最新技術の習得および普及のため活動している。
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