Simulation Governanceの技術カテゴリー「モデルと計算」の診断結果シミュレーションを制する極意 〜Simulation Governanceの集大成〜(5)(2/3 ページ)

» 2023年11月30日 08時00分 公開

B3「精度保証と向上」

 B3「精度保証と向上」も、CAEが誕生して以来切り離せない重要なテーマであり、今後も同様であり続けるでしょう。このテーマを議論するときに必ず問題になるのが、精度比較の対象である実験データが“絶対正”という前提になることが多いという事実と、「果たしてそれでいいのか?」という疑問です。

 「シミュレーション」という言葉通り、現実(実験)をシミュレート(模倣)するという立場からすると、当然模倣される現実が正しいという前提を置かざるを得ないのですが、“完全に正しい理想的な実験”であるか否かを突き詰めると、実験データを生成するまでに至る実験プロセス自体にも多くの不確定要因、誤差要因、仮定などが含まれます。

 当然、シミュレーションモデルにも、正しさを阻害する要因がたくさんあるわけですから、実験を正しいと仮定してシミュレーションの精度を追求する問題は、相対的な問題であることが分かります。根拠のない「実験データが絶対正」という前提は明らかに誤りなのです。図4に、実験の側とシミュレーションの側双方に存在する精度影響要因を整理してみました。

精度影響要因マップ 図4 精度影響要因マップ[クリックで拡大]

 シミュレーションのモデルを作る専門家は、図4で示された工学現象を把握し、工学モデルを的確に作成でき、計算処理にも長けているのは当然として、実験現象についても深く理解した上で比較検討を行っているわけです。当然といえば当然のことのように見えるこうしたチェックは、特に実験が難しい場合や、時間制約の中で多くの実験を実施せざるを得ない企業の現場においては、残念なことに、なおざりになっているケースが見られるのです。必ずしも実験が正しくないというのではなく、「正しい実験かどうかを第三者(次機種の設計者とか)が見ても明確に分かるような裏付けデータが残されていない」というべきかもしれません。正しい実験データであることを保証するための属性情報が欠けているというのが、ふさわしい表現かもしれません。

 属性情報の欠けた裏付けの不十分なデータは、比較対象として採用できるかどうか疑わしいデータだといえます。それを理解せずに、シミュレーション結果と比較して精度を合わせ込もうとすると、(容易に想像できるように)極めて悲惨な精度合わせのための無限ループ作業に陥るわけです。最後は諦めて、「実験とは合わない」と結論付けたり、合わせるだけの無意味なファクターを設定するということが横行してしまいます。

 そうした、無駄骨作業をしないためには、要因チェックリストを作成して、必ずその手順を順守し、実験データの属性情報を漏れなく付加するといった活動を全ての実験で行う必要があるのです。このことは「実験データを正しく管理すること」「対応するシミュレーションデータとひも付けて管理すること」の重要性につながります。すなわち、「管理の仕組み」サブカテゴリーに登場する「SPDM(Simulation Process & Data Management)」の必要性につながるのです。

 診断結果のコメントを見てみると、「V&Vに対する理解度が低く、計算のやりっぱなし」「V&Vの定義がバラバラ」「実験と合うかに主眼があり、計算そのものの精度検証が行えていない」「精度検証、リアルに興味がない人が多い」といった現実的な課題があることが分かります。

 では、ヒストグラムを見てみましょう。「計算精度を保証するための考え方や仕組みを会社として確立できていますか?」という設問に対して、Level1〜3の間の方に大きく偏っており、4と5が皆無であることが分かります。そういう意味で、「精度保証と向上」はまだまだ発展途上の重要なテーマなのです。

 このテーマについて最後に補足情報を加えます。精度を向上させるための手法の一つに「パラメータ同定」という技術があります。この技術は、正しく適用すると極めて強力な手法ですので、興味のある方はブログ「デザインとシミュレーションを語る」の第27回:シミュレーション(CAE)の精度向上という根本問題ーその1第28回:シミュレーション(CAE)の精度向上という根本問題ーその2をご参照ください。

B4「実験との関係」

 B4「実験との関係」の設問は「シミュレーションと実験の役割はどのように認識されていますか?」です。質問が若干抽象的ですので、Level1〜5の状態を引用して説明します。

Level1:実験との検討は十分に行われていない

Level2:常に実験が正という前提で、シミュレーションを評価するケースが多い

Level3:実験を代替する目的でシミュレーションが活用されているケースが多い

Level4:シミュレーションで設計案を探索する価値が認識されている

Level5:シミュレーションと実験を高いレベルで、相補的に活用すべきと認識されている

 Level1は論外として、Level2はつい先ほど説明した内容でご理解いただけるでしょう。Level3については「なぜ“実験を代替する目的”が、たかだかLevel3なのか? それでいいではないか!」という疑問を持たれる方も多いでしょう。その答えは、Level4と比較することです。既存の実験を代替できればもちろんよいに越したことはありませんが、それよりももっと大きな価値は、よりよい設計案を実験なしに検討、提案できることです。Level5については、少し補足説明が必要かもしれませんが、重複してしまいますので、詳細については「デザインとシミュレーションを語る」の第81回:CAEと実験の相補的関係をご一読ください。ブログの中では、General Motors(GM)で長らくエンジン部門のCAEを統括されていた方のメッセージを引用しています。

実験とシミュレーションは相互参照され調和されるべきであって、おのおのの学習の結果は記述され、継続的な改善がなされなくてはならない。

 単に実験かシミュレーションかではないのですね。まさに、このレベルに達してこそ、ということがお分かりいただけるでしょうか。

 診断結果のコメントからは「実験のノイズを疑わずに真とし、CAE側を合わせなければならないことが多い」「CAEは実験と合わないから使えないとの評価」「シミュレーションの価値は理解されつつあるが、実験を重視しがちな風土」「まず実験と合うかがシミュレーションの評価の鍵」「実験結果のシミュレーション側へのフィードバックや精度向上への取り組みは弱い」といった状況が確認できます。

 診断ヒストグラムでは、Level2〜3が大勢を占めており、4〜5はまだまだ少ない現状です。精度保証と向上とともに、点数の底上げアップが強く望まれる領域となります。

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