MONOist 1つ目の目的の研究概要と成果について教えてください
押山氏 パワー半導体のパワーMOSFET(金属酸化膜半導体電界効果トランジスター)が正常に稼働するためには、電気の出入りをコントロールしトランジスターとして機能するゲート絶縁膜が必要で、ゲート絶縁膜の多くはアモルファス(結晶構造を持たない物質)で構成されている。しかし、ゲート絶縁膜のアモルファスの理論的および計算科学の研究はこれまで、経験的な手法によって行われており、その信頼性は低い。
そこで、本研究では、SiCとGaNのパワー半導体に使用されている二酸化ケイ素(SiO2)やアルミナ(Al2O3)のゲート絶縁膜とそれらの混晶であるアルミニウムシリケート(AlSiO)を再現するために、RSDFT計算に搭載した第一原理分子動力学法を用いた溶融クエンチ計算により、現実のアモルファス構造をシミュレーションで作成した。
アモルファス構造をシミュレートするためには、可能な限り大規模な系を低速でクエンチすることが必要になり、富岳とRSDFTの性能で、数千原子規模の系に対して、1度あたりピコ秒程度のクエンチ速度によりアモルファス構造の作成をシミュレーションで行った。これは大規模不規則系に対する世界初の量子論シミュレーションだ。
このシミュレーションにより、GaN半導体の界面とゲート絶縁膜などを再現し、最も安定する構造を調べた。その結果、GaN半導体の界面に、酸素(O)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)の原子を指定の量で拡散し、アモルファスAlSiO/GaN界面を作成することで、固有欠損がない界面を実現することが分かった。この界面は、禁止帯の中に電子や正孔を捕らえるトラップホールを減らせ、省エネを後押しする。
また、GaN半導体のゲート絶縁膜にSiO2ゲートの絶縁膜(酸化膜)を使用するとデバイスの界面にトラップホールが発生するが、この要因は、界面でGa(ガリウム)、酸素、Siから成るボンド(化学結合)が発生し、このボンドが電子を捕まえるトラップホールになることだと判明した。このように、効果的なパワー半導体作成方法の構築の糸口となる情報が得られた。
MONOist 2つ目の目的の研究概要と成果について教えてください
押山氏 本研究では、さきほどの「デバイス界面と成長表面のシミュレーション」で得られたSi/SiO2の界面、GaN/SiO2の界面、GaN/AlSiO界面のキャリアトラップに関する知見を、デバイスシミュレーターに導入して、デバイスシミュレーションを実行し、取得したパワーデバイスのシミュレーションデータと実際の測定結果を比較検討することにより、最適なデバイス構造を提案することを目指した。
一例を挙げると、ゲート絶縁膜をSiのナノワイヤに巻き付けた「Gate All Around(GAA)」の縦型パワーMOSFETにおけるワイヤ内のナノ構造の電子の状態をRSDFT計算でシミュレーションした後、このシミュレーションモデルに電極のモデルを取り付け非平衡グリーン関数法により電流輸送特性を調べた。
これらの方法で算出された値は、東北大学 電気エネルギーシステム専攻 エネルギーデバイス工学講座の遠藤哲郎氏のグループが開発した実際のGAAの縦型パワーMOSFET(シミュレーションと同様のモデル)を計測して得られた電流輸送特性の値とパラメータフィッティング(パラメーターの値を最適化するアルゴリズム)なしで近い値を示した。
だが、GAAの縦型パワーMOSFEのシミュレーションは電流が流れる際の性能を過大評価していたため、実際のMOSEFETで生じる電子のフォノン散乱(振動によって生じる電子の散乱)をシミュレーションに取り入れる必要があることが判明した。
実際、電子のフォノン散乱をシミュレーションに取り入れることで、精度は向上しつつある。将来的にはRSDFT計算と非平衡グリーン関数法を用いたシミュレーションにより、実際のパワーMOSFETなしで、複数の試作品を作れ、コストの低減が行えるだろう。なお、1台のGAAパワーMOSFETを開発するのに数億円をかけることが多く、試作品の製作も大きなコスト負荷となっており、本研究はその問題を解決する一助になると考えている。
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