省エネ次世代パワー半導体の開発につながる材料シミュレーションとは素材/化学インタビュー(1/3 ページ)

本稿では、文部科学省が主催する「スーパーコンピュータ『富岳』成果創出加速プログラム」の第1回(2020〜2022年度)に採択されたプロジェクト「省エネルギー次世代半導体デバイス開発のための量子論マルチシミュレーション」の概要や成果について、名古屋大学 未来材料・システム研究所 特任教授の押山淳氏に聞いた。

» 2023年07月05日 08時00分 公開
[遠藤和宏MONOist]

 文部科学省が主催する「スーパーコンピュータ『富岳』成果創出加速プログラム」の第1回(2020〜2022年度)に採択されたプロジェクト「省エネルギー次世代半導体デバイス開発のための量子論マルチシミュレーション」を代表者として実施した名古屋大学 未来材料・システム研究所 特任教授の押山淳氏に同プロジェクトの取り組みを聞いた。

ゴードンベル賞を受賞した「RSDFT計算」でシミュレーション

名古屋大学 未来材料・システム研究所 特任教授の押山淳氏[クリックして拡大]

MONOist 省エネルギー次世代半導体デバイス開発のための量子論マルチシミュレーションの研究を行った理由について教えてください

押山淳氏(以下、押山氏) 1980年代は国内企業が揮発性半導体メモリ(DRAM)の世界シェアでほぼ100%を占めていたが、現在はサムスン電子、SKハイニックス、マイクロンといった海外企業にシェアを奪われている。一方、変電所の変圧器や電気自動車(EV)、新幹線に搭載されており、電力の供給や制御に使えるパワー半導体デバイス(高電圧で大きな電流を扱える半導体)の競争力を国内企業は持っている。

 こういった状況を踏まえて、シリコン(Si)よりも、電気を通しやすく、電力損失が発生しにくい新しい半導体材料であるSiC(シリコンカーバイド)やGaN(ガリウムナイトライド)を用いたパワー半導体の発展に計算科学(シミュレーション)で貢献できないかと考え、このプロジェクトを始動した。

 SiCやGaNは、Siよりも電気を通しやすく、電力損失が発生しにくいという点で優れるが、高い性能を保ちつつ半導体材料として加工することが難しい。Siデバイスは最高レベルの加工方法が確立しているが、SiCやGaNデバイスは加工方法が未熟で、Siデバイスよりも性能の低いSiCやGaNデバイスが現状では存在する。そこで、最適な加工方法なども含め、効率的な生産を計算科学によって実現するために役立つ研究を目指した。

MONOist プロジェクトの概要について教えてください

押山氏 今回のプロジェクトでは3つの目的を掲げている。1つ目は、「富岳上で、量子論物質計算アプリケーションによる先端的高性能計算(High Performance Computing、HPC)を実行し、省エネルギー次世代半導体材料やそのデバイス界面、薄膜成長表面での科学的性質の解明/予測を行うこと」だ。

 2つ目は、「量子論デバイスシミュレーターにより、省エネルギー/パワーデバイスの性能予測を行い、それと実際のデバイス実験データとの比較検討により、高性能デバイスデザインの提案を行うこと」となっている。

 3つ目は、「薄膜成長表面および成長炉ガス相での量子論HPCによる原子反応機構の解明と、成長炉内流体シミュレーションによる温度/分圧分布とを、局所熱平衡概念で結合したマルチスケール量子論エピタキシャル薄膜成長シミュレーションを実行し、高品質薄膜成長技術の進展に資すること」だ。

 これらの目的を達成するために、物質計算アプリケーションの主軸として、富岳などのメニーコア超並列アーキテクチャに最適な「RSDFT(Real Space Density Functional Theory)計算」を活用した。RSDFT計算は、2011年にゴードンベル賞(最高性能賞)を受賞した物質計算アプリケーションで、スーパーコンピュータ「京」で使用する場合と比べ、富岳で利用すると35倍の性能向上が見込まれている。

 そのため、数万原子から構成される表面/界面系の量子論物質計算がベンチマーク計算ではなく、世界で初めてプロダクションラン(実際の計算)で行える。さらに、シミュレーション手法「第一原理分子動力学法」が搭載されており、大規模な系(対象の物質)に対する長時間シミュレーションの結果として、量子論による有限温度での表面/界面反応経路の探索と反応自由エネルギーの算出が可能だ。

 加えて、RSDFT計算と非平衡グリーン関数法(NEGF)を併用し、連携機関の1つである東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センターで開発された省エネルギーワイヤ型電界効果トランジスター(FET)の特性を再現した。

 なお、本プロジェクトは、私が所属する名古屋大学、京都大学、大阪大学、東北大学、九州大学、神戸大学、東京工業大学、フランスのStrasbourg University、富士電機、ニューフレアテクノロジーのグループで共同研究した。

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