エッジコンピューティングの逆襲 特集

DSP向けが源流の「TI-RTOS」はこのままフェードアウトしてしまうのかリアルタイムOS列伝(29)(2/2 ページ)

» 2022年12月08日 07時00分 公開
[大原雄介MONOist]
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DSPが主力製品だったTIが開発会社ごと買収

 さて、その後IA32のサポートはIA-SPOXという名前で別製品化され、SPOXそのものはDSPのみのサポートになる。1997年末には、TIのTMS320C5xおよびTMS320C54xをターゲットにした、新しいRTOSである「BIOSuite」もリリースした。

 新しいRTOS、と書くと少し語弊があるかもしれない。これはTMS320C5x/TMS320C54x向けに提供される新しいDSP/BIOS APIに対応したファームウェアカーネルである。つまり、RTOSからカーネルのみを引っ張り出して提供しているような格好だ。DSP/BIOSカーネル自身のフットプリントは1KB未満とされており、またC言語のAPIも提供されているので、必要ならC言語でアプリケーションを記述することも可能である(ただしメモリフットプリントの観点から推奨はされていない)。BIOSuiteは、このDSP/BIOSカーネルとライブラリに加え、環境設定を行うConfiguration Tool、それと動作時の状況を記録するAnalysis Utilitiesなどが同梱された開発環境一式の名称である。

 他にWindowsが動くホストからDSPボードを簡単にアクセスするためのWinBRIDGE、SPOXとMathworksのMATLAB/Simulinkと接続するための「SPOXWorks」、RTOSではなくベアメタルでDSPを利用するためのDSP Toolchest、TMS32C031上で浮動小数点演算を行わせる(これもベアメタルで動作する)ためのDSP Connexなど、さまざまな製品を提供している。

 極めて余談になるが、IA-SPOXはIA32対応というか、もっと正確に言えばIntelのMMX Pentium対応製品である。いや、MMXになる直前のPentium対応というべきか。というのはこのIA-SPOXのターゲットは、Intelが規格をブチ上げたところMicrosoftが激オコになり、最終的に消えてしまったNSP(Native Signal Processing)に対応したものだったからだ。IntelはこのIA-SPOXをRing 0(Kernel Mode)で内部的に動かし、これがマルチメディア処理を行うという仕組みを考えていた。ただこれはRing 0を利用してWindows Kernelを稼働させようとするMicrosoftには受け入れられなかった。結局IntelはDSP機能をSIMD命令を追加する形で実装したことでIA-SPOXの出番は消えてしまったのだが、まぁそういう経緯でIA-SPOXが生まれたわけだ。

 さて話を戻すと実はこの時期、Spectron MicrosystemsはDialogic(この会社も2020年1月にEnghouse Systemsに買収されてしまった)の子会社だった。Dialogicは1995年2月にSpectron Microsystemsを買収している。もっとも買収後もSpectron Microsystemsの独立性は確保されていたようで、製品展開などには特に変化はなかったのだが、1998年1月にTIがDialogicからSpectron Microsystemsを丸ごと買収することになった(ウェブアーカイブのリンク)。

 当時のTIはDSPに非常に力を入れており、主力製品の一つであった。TIがLuminar Microを買収してArmベースのMCU路線に転じるのは2009年のことであり、MCUとしては16ビットのMSP430シリーズが1992年から提供されているが、こちらは高性能MCUというよりは省電力MCUであって、処理性能が必要な用途向けにはDSPを推進していた。DSP/BIOSやBIOSuiteはそもそもTIのDSP向けの製品であり、Spectron Microsystemsを傘下に収めて、DSPの拡販に利用しよう、という考え方そのものは実に自然であったと思う。

 買収後、SPOXその他の製品群はDSP/BIOSにブランドを統一する形で提供されるようになり、その後もバージョンアップを重ねていく。もっとも、バージョンアップの対象はほとんどがTIの製品向けであり、MotorolaやAnalog Devices向けのサポートは最小限というか、サポート期限が切れるまでの間提供が続けられるにとどまったのはまぁ仕方がないところだろうか。その後、Version 6.3が2010年にリリースされたタイミングで製品名がSYS/BIOSに切り替わる。もうこの時点ではTIもDSPに代わってMCUを前面に打ち出すようになってきており(通信や特定用途向けでまだDSPは健在だったが、これはDSP/BIOSのターゲットではない)、それもあっての名称変更かと思われる。2012年には名前をTI-RTOSに変更したのは、分かりやすさを優先するためだろう。

 TI-RTOSの最新版は2018年2月にリリースされたVersion 2.21.01.08で、CC13xx/CC26xxシリーズMCU向けのみ。MSP430向けは2016年6月リリースのVersion 2.20.00.06、ConcertoやTiva C、CC3200シリーズなど向けは2016年4月リリースのVersion 2.16.01.14が最新となっているあたりは、そろそろサポートもかなり怪しくなってきた感じだ。実際、例えばMSP432用のRTOSのラインアップを見ると、TI-RTOSと並んでFreeRTOSやMicrium μC/OSが並んでいるあたりは、そろそろTIはRTOSの供給をサードパーティーに任せる方向に舵を切った、ということかもしれない。

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