日本電信電話(NTT)はNIMS(物質・材料研究機構)と共同で、炭素原子だけで構成されるシート状物質のグラフェンを用いた光検出器で世界最速のゼロバイアス動作を実現するとともに、グラフェンにおける光-電気変換プロセスを解明したと発表した。
日本電信電話(NTT)は2022年9月12日、NIMS(物質・材料研究機構)と共同で、炭素原子だけで構成されるシート状物質のグラフェンを用いた光検出器で世界最速のゼロバイアス動作を実現するとともに、グラフェンにおける光-電気変換プロセスを解明したと発表した。一般的に用いられている半導体ベースの光検出器を大きく上回る特性を持つグラフェン光検出器の課題だった動作速度で従来比3倍以上の220GHzを達成し、本質的な物性も明らかにしたことで、感度を優先した光センサーや速度を優先した光-電気信号変換器など、使用用途に合わせてグラフェン光検出器の設計を最適化できるようになるという。
NTTとNIMSの研究グループは、消費電力と信号雑音比の観点でグラフェン光検出器の応用に向けて必要とされるゼロバイアス動作が可能な光照射によって熱電効果を起こす光熱電効果に着目し、グラフェンにおける光−電気変換の研究を行った。NIMSが成長させた最高品質の六方晶窒化ホウ素を用いて、NTTがグラフェンの両面を保護し極めて清浄なデバイスを作製し測定を行った。
光熱電効果では、光照射によって上昇したグラフェン中の電子の温度に応じて電流が流れる。高速の光−電気変換の実現には、光照射のオン/オフに電流が遅延なく追随できるデバイス構造と、その電流を高速で読み出す技術が鍵になる。そこで、一般的に用いられている金などの金属材料ではなく、酸化亜鉛(ZnO)薄膜をゲート材料として用いることで、グラフェンとゲートとの間の静電結合に由来する電流遅延を取り除くことに成功した。
なお、グラフェン光検出器の高速動作と大きく関わるZnO薄膜は、抵抗率などの特性は成膜温度などによって変化する。この成膜温度を適切な値に調整することにより、直流電圧は印加可能であり、同時に高周波に対しては絶縁的とすることが可能だ。このようなZnO薄膜をゲートとして用いることで、ゲート材料の高周波応答によって生じる電流遅延を回避できたという。
また、電流読み出しには、グラフェンを光励起することで生じたTHz電流をオンチップで光伝導スイッチを通して検出することにより1THzまでの測定帯域を達成したオンチップTHz分光技術を適用した。高周波電流をオシロスコープなどの電子機器で測定する従来手法での測定帯域は100GHzまでだったが、この制限を取り除いた。
これらの結果として、グラフェン光検出器が本来持つと期待されていた高速動作となる220GHzを実証することに成功。品質の異なるグラフェンを用いて作製した光検出器の特性を比較することで、動作速度と感度にトレードオフの関係があることも示した。
さらに、これらの結果を解析することで、グラフェンにおける光−電気変換プロセスの解明につなげた。特に、これまでの常識とは異なり、電流の応答時間は光検出器の大きさにほとんど依存しないこと、光照射後に電流が発生するまでの時間を電荷密度によって100fs以下から4ps以上まで大きく変化させられることを示した。この成果は、学術的に重要であるだけでなく、情報処理やセンサーなどの用途に合わせてグラフェン光検出器を設計するのに不可欠な情報となる。
光信号を電気信号に変換する光検出器は、情報通信、センサーなどで利用されている光技術のキーデバイスとなっている。特に、既存技術の帯域制限を超える広帯域通信やさまざまな波長領域の光センサーを活用したスマートな社会の実現に向けて、広帯域かつ高速で動作する光検出器の実現が求められている。
グラフェンは、これらの要求を満たすと期待されている有望な材料である。これまでのグラフェン光検出器に関する研究により、THz波から紫外光までの超広帯域で動作すること、わずか原子一層で2.3%もの光を吸収するため高効率化が可能であることが示されている。
一方、ゼロバイアス下の実証動作速度はデバイス構造や測定機器の問題により70GHzに制限されており、200GHzを超えるという理論的期待に及んでいない状況であり、グラフェンが本来持っている応答を調べられていなかった。つまり、200GHz超の動作速度を実証するとともに、グラフェンにおいてどのようなプロセスで光信号が電気信号に変換されているのかといった本質的な物性を明らかにすることがグラフェン光検出器の課題であり、今回の成果はその課題の解決に導くものだ。
広帯域高速光検出器としてのグラフェンの高い潜在能力が示されたものの、今回の実験に使用したグラフェンはグラファイトから剥離したものであり、量産化には不向きだ。一般的に大面積で成膜されたグラフェンの品質は剥離によって得られたものより劣るため、今回の成果と同等以上の数値を達成することは難しい可能性が高い。しかし、成膜技術の発展により、剥離グラフェンとの性能差は年々縮まっていることから、今後は量産化を可能にする大面積グラフェンを用いた光検出器の評価を行っていく方針である。また、グラフェンを始めとする2次元物質(単層または数層の原子層物質)を積層することで自然界に存在しない物質を創造する研究が盛んに行われており、この技術を駆使することでさらなる高速動作を実現する物質の探索も行っていくとしている。
なお、今回の成果は、2022年8月25日付で英国科学誌「Nature Photonics」にオンラインで掲載された。
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