デクセリアルズにおけるスマート工場プロジェクトの先行事例となったのが、これら4つのプロセスの後に来る最後の「検査」である。
「検査」のプロセスは、ロールtoロール方式の生産で発生する不良モードを分類するアルゴリズムを組み込んだ専用装置による外観検査と、品質保証部門による抜き取りベースでの検査室での最終検査から構成されている。これらのうち、専用装置による外観検査で見いだす不良モードは、その大きさや形状などからどのプロセスで不具合が起きているのかを判断する重要な情報だが、数十種類あるため、ルールベースによる分類設定がどうしても煩雑になってしまい、精度も不足してしまうという課題があった。デクセリアルズ 経営戦略本部 DX推進部 担当部長の大河原秀之氏は「ロールtoロール方式という連続生産プロセスの特性もあり、可能な限り早期に不良の原因究明を行うことが歩留まり向上で極めて重要になる以上、不良分類により高い精度が求められていた」と説明する。
そこで2018年に導入検討を開始したのがディープラーニングに基づくAI(人工知能)アルゴリズムの採用である。当時は、製造業でもディープラーニングの活用事例が少なかったこともあり、開発チーム内でタンポポとフキタンポポの画像分類を行うなどしてディープラーニングの有効性を確認するところから取り組みが始まった。
反射防止フィルムの不良分類アルゴリズムをディープラーニングで開発するためには、不良モードに関する大量の画像データが必要になるが、品質保証部門がこれまでに手動で分類した数百万枚ものデータがあったため大きな問題にならなかった。ただし、データが少ないまれな不良モードについては、疑似的なデータを作成するなどして対応した。そして、外部パートナーの協力も借りながら約半年という短期間でAIアルゴリズムを完成することができた。不良分類の精度についても「ルールベースの70%台から90%台に向上するなど、大きな成果が得られた」(大河原氏)という。
反射防止フィルムの生産では、「スパッタリング」のプロセスでも光学特性を基にしたインライン検査を行っている。現時点でこのインライン検査は、熟練技術者が検査データを基に装置の制御を行っているが、「検査」プロセスでの成果を基に自動化の範囲を広げるための取り組みを進めているところだ。
デクセリアルズの栃木事業所では、この他にもスマート工場プロジェクトを進めている。反射防止フィルムと同様にAIを活用した外観検査の横展開にとどまらず、SCADA(Supervisory Control and Data Acquisition)システムなどを用いて装置のデータを収集する工場のIoT(モノのインターネット)化により、装置のモニタリングや予防保全、プロセス条件の最適化などに活用していく方針だ。大河原氏は「2016年の立ち上げ当時から栃木事業所は『Value Connect Project』としてモノづくりを支援するシステムの構築を強く意識してきた。もちろん栃木事業所はマザー工場の位置付けなので、デクセリアルズの他事業所への展開も並行して進めているところ」と述べる。
日本の製造業におけるスマート工場の取り組みは遅れが指摘されることもが多いが、デクセリアルズは比較的早期に取り組みを開始し、横展開もスムーズに進んでいる。その背景には「当社の経営陣は若い感覚があり、IoTやAIなどのデジタル技術の取り込みにも意欲的であり、投資も迷いなく行ってくれた」(大河原氏)。
ただし、横展開を進めていく場合でも、反射防止フィルムの事例を異なる製品の現場に適用できるわけではない。大河原氏は「成果を丁寧に説明することで現場がそのメリットを理解することで初めて導入を広げていける」と強調する。現時点で全ての製品にスマート工場プロジェクトを適用できているわけではないが、中期経営計画の最終年度に当たる2023年度をめどに取り組みを加速させていく考えだ。
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