言うまでもありませんが、医療系イノベーションで群を抜いているのは米国です。外科手術用システムの「Da Vinci(ダヴィンチ)」はその1つの好例として挙げることができるでしょう。離れた場所にいる患者と医師をつなぎ、遠隔手術を実現する画期的な装置です。この装置は外科手術を実行するロボティクスおよびセンサー部分、その様子を鮮明に映し出す光学部分、そして鉗子やメスを操作するコンソール部分から成っており、医療のロボティクスAR(拡張現実)ソリューションといえなくもありません。国内でも導入が進み、がん治療の現場などで実績を挙げています。初期投資コストの問題が解消されれば、今後こうしたシステムが道具として外科手術の主流になっていくことは間違いないでしょう。
そして、日本のモノづくり企業にとってもヘルスケア関連のビジネスチャンスは大きいと感じます。例えば、高齢化社会を迎え、今盛んに研究されている人体サポート機器やアバターロボット。日本のお家芸であるiPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた再生医療のための実験装置など、伸びしろの大きな領域が少なくありません。
また、モノづくりとは離れますが、個人向けに構築された医療系SaaS(Software as a Service)のようなものもプラットフォームビジネスとして今後伸びそうな気がします。欧米では既にAI(人工知能)による診断サービスなどが実用化されているようですが、遠隔医療や訪問医療、そして家庭用医療機器の普及とそうしたクラウドサービスが結び付くことで、現在の医療現場の風景はかなり変わってきます。
問題は「誰がそうしたプラットフォームを立ち上げるか」です。国なのか、医師会なのか、IT大手なのか、若いベンチャーなのか……。いずれのプレイヤーがリードしてもいいと思いますが、社会貢献への明確なビジョンと意欲を持って力強く進めてほしいと願います。
先ほど、国の厳しい審査と承認がイノベーションの壁になっていると述べましたが、ベンチャーの前に立ちふさがるもう1つのハードルがお金の問題です。医療機器開発では有効性と安全性を証明するため、複数の試作を同時に進める必要がありますが、若いスタートアップ企業には資金的にその体力がありません。
ご存じのように、米国には有望な事業アイデアに活発に投資を行うPE(プライベートエクイティ)とVC(ベンチャーキャピタル)ファンドが数多くあり、意欲あるベンチャーに潤沢に資金が回る仕組みが出来上がっています。Da Vinciもそうした投資の成功事例といえるかもしれません。イノベーションが成長軌道に乗れば、投資家も大きく投資回収できるわけです。
一方、日本国内を見渡すと、将来性のあるアイデアにお金が回るこのような仕組みがほとんど見当たりません。これは私見になりますが、どうも日本人は余裕が出てくると銀行にお金を貯め込む傾向があり、リスクをとって事業に投資しようとする人が少ないように感じます。これは資産家にとっても、国にとっても、産業にとっても、非常にもったいないことです。
過去を振り返れば、日本にも起業家精神と金融と行政がうまくかみ合い、好循環を生み出していた時代がありました。若者たちの意欲とデジタル技術、そして資産家たちの果敢な投資によって、それをまた再現できないものかと筆者は考えます。小さな芽が大きく育つように水をやり、陽に当ててやることは、国や産業界、そして私たち国民一人一人が果たすべき社会的義務なのではないでしょうか。 (次回へ続く)
今井歩(いまい あゆむ)
オランダの工科大学で機械工学を学び、米国Harvard Business Schoolで経営学を修める。日本ではソニーやフィリップスに勤務し、材料メーカーや精密測定機メーカーの立ち上げにも関わり、現在はデジタル加工サービスを提供する米企業Proto Labs(プロトラブズ)日本法人の社長を務める。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.