たとえば中堅製造業のDXセキュリティ担当がいきなり社長にプレゼンするような物語事例で学ぶ製造業DXセキュリティ対策入門(5)(4/4 ページ)

» 2022年01月20日 10時00分 公開
[佐々木弘志MONOist]
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大黒様の真の願い

 他のページのセキュリティ対策の詳細説明が終わり、打ち合わせの時間も残り5分程度となっていた。何とか大きな修正なく乗り切れたようでよかった。

ご説明ありがとうございました。とてもよく検討された資料ですね。セキュリティは、リスクや対策の効果が可視化しにくいと思いますが、こうして具体的な被害額があると役員の皆さんもイメージしやすいと思いますよ。


はい、ありがとうございます。ほとんど課長のおかげです。


ええ、古井さんからもいろいろ話は聞いていますよ。


 あ!やばい、大黒様って勝手にあだ名を付けている件バレてるかも。

あ、すみません、つい出来心で……。


あ、いや。古井さんからは、青井さんが生産技術や現場の担当者と信頼関係を構築して、現場の理解を得ながら対策を進めていると聞いています。古井さんは、自分にはできないと本当に感心していましたよ。


え、そうなのですか。課長にそこまで褒められたことはないです。


 思わず恐縮して下を向く。なぜだか涙がにじんでくる。

それは、この資料からも伝わってきます。ところで、私が、このプロジェクトを青井さんにお任せした理由を覚えていますか?


はい、確か、新しい100年に向けた若いリーダーを育てようということだった思います。私がラノベ好きで、特に異世界物とかをよく読んでいるので、共感力があるからということで、課長が推薦したと聞きました。


 そうだった。元はといえば、課長の気まぐれのせいで、いきなりプロジェクトのリーダー任されたのだった。私の涙を返して。

なるほど、古井さんらしい物言いですね。確かに私は、古井さんに適任な人を推薦してくれるようにお願いしましたが、青井さんを推薦した理由は違いましたよ。


え、そうなのですか?


正直、セキュリティのスキルだけなら、他にも候補はいたのですが、古井さんは、どんな問い合わせでも、相手のレベルに合わせて丁寧に、粘り強く対応する青井さんの仕事振りを高く評価していて、他に適任はいないと断言されていました。


なんと、セキュリティ問い合わせ担当窓口での働きを評価いただいたのですね。


実は、ここだけの話ですが、役員会では、将来結婚して辞めてしまうかもしれない女性に、リーダーを任せていいのかという意見も出ました。逆に、いや女性を強制的にリーダーにしてもっと管理職の女性比率を増やすべきだなんて意見もありました。


役員会でそんなことがあったのですか。


でもね。青井さん、私はこういう議論の前提にある社風そのものを変えないと、わが社の次の100年はないと思っているのです。


 社長からいつもの笑みが消え、見たこともない真剣な表情でこちらを見ている。

今のコロナ禍は、わが社にとって収益を落とした試練ではありますが、同時に、新しい働き方や社風について考え直す良いきっかけとなりました。リモートワークの仕組みが整ったおかげで、育児をしながらでも働きやすくなったことが良い例です。以前なら、辞めてしまっていた人たちが活躍できるわけですから、先ほどの役員会での女性社員の前提が変わってくるわけです。


なるほど、今のDXプロジェクトには、社風改善の効果もあるわけですね。


はい。ただ、誤解してほしくないのは、一般的に、多様性が「正義」で、これまでの男社会の組織は「悪」だという議論を耳にしますが、私はそうは思いません。


でも、今のお話しの流れでは、社長は多様性を大事にしているように感じましたが。


もちろんです。しかし、大事なのは、善悪の問題ではなく、どちらの戦略が今の時代に合っているかです。どんなに素晴らしい理念を掲げていても、稼げない会社は市場から退場です。わが社は、少なくとも100年近く生き残ってきたわけですから、昔のやり方でも、ある期間はそれなりに機能していたといえます。だから、それを頭ごなしに悪だと否定するのはおかしいと思うのです。


確かに、リモートワークや今ほどの社会的支援が充実していない時代に、今と同じ前提での多様性の議論を持ち込むのはおかしいですね。


現在の先行き不透明なビジネス環境でわが社が生き残っていくためには、男女問わず、成果を出せる人が評価され、活躍できることが大事だと思いますし、外部からの人材登用なども含めて、結果として多様性重視の方向に向かうのだと思います。ただ、青井さんには、多様性なんて小さな枠に収まってほしくないのです。


 社長は、変わらず真っすぐにこちらを見据えている。多様性の枠に収まらないとはどういう意味だろう。

今のプロジェクトで進めているのは、単なるセキュリティ対策ではないですよね。工場現場との会話を重ねることで、新しいやり方を従来の取り組みとうまく調和させています。まさに、青井さんは、多様な価値観を持つ人たちをつなぐ橋渡しの役割を果たしていると感じます。


 結構楽しくやっていて、そんな大層なことをやっている自覚はないのですけどね。

青井さんは、多様性の産物などではなく、むしろ多様化した価値観をもつ人たちを束ねる核となって、わが社のビジネス目標達成に大きく貢献してほしいのです。それが、私が青井さんに期待する次の100年を支えるリーダー像です。


はい。ご期待に沿えるようにますます精進します!


 何とも大きな期待を背負ってしまって荷が重いと思いつつも、同時にやりがいも感じている自分に驚いてしまった。この半年で私も成長したということか。

期待していますよ、青井さん。あ、そういえば、私は打ち出の小づちなんて持っていませんから、何でもつつけば予算がつくとは思わないでくださいね。


打ち出の小づちって……。


 先ほどの真剣な顔がうそのように満面の笑みでこちらを見ている社長を見て、大黒様のあだ名の件が社長に伝わっていることを悟ってしまった。神様は何でもお見通しというわけですか。

参考資料:役員会向けプレゼンのまとめのページ

役員会向けプレゼンのまとめのページ 役員会向けプレゼンのまとめのページ[クリックで拡大]

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筆者プロフィール

佐々木 弘志(ささき ひろし)

国内製造企業の制御システム機器の開発者として14年間従事した後、セキュリティベンダーに転職。制御システム開発の経験をもつセキュリティ専門家として、産業サイバーセキュリティの文化醸成(ビジネス化)をめざし、国内外の講演、執筆などの啓発やソリューション提案などのビジネス活動を行っている。CISSP認定保持者。

2021年8月〜現在:フォーティネットジャパン株式会社 OTビジネス開発部 部長
2012年12月〜2021年7月:マカフィー株式会社 サイバー戦略室 シニア・セキュリティ・アドバイザー
2017年7月〜現在:独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)産業サイバーセキュリティセンター(ICSCoE)専門委員(非常勤)
2016年5月〜2020年12月、2021年7月〜現在:経済産業省 商務情報政策局 情報セキュリティ対策専門官(非常勤)

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