製品化に当たって、最も苦労したのは小型化による技術的な弊害だったという。製品を小型化するということは部品点数や大きさ、バッテリー容量、出力など、さまざまな制約との戦いになる。
プラズマを使った美容機器は2010年代後半以降、美容業界でも導入されていた。プラズマを発生させるには一定の大きさが必要であり、価格も数千万円と高額であることから、エステサロンで業務用機器として販売されている。
一般的な業務用プラズマ美顔器は、タワー型デスクトップPCに近いサイズであるのに対し、DENSHINDOが目指したのは女性が片手で持てるサイズだった。直径80mmの筐体に収めたプラス電極とマイナス電極の間にわずかな隙間を作り、美顔器として十分な出力でプラズマを発生させるための検証をひたすら繰り返した。
また、小さな筐体でプラズマを面状に発生させることにも苦労したという。線状の出力では顔に当てる時間が長くなり、おっくうに感じた消費者が次第に使うのを止めてしまう。「短時間で効率的にケアできる、手のひらサイズの美顔器」というコンセプトは守りたかった。野村氏は国内の試作会社や技術者を思い付く限り当たった。技術的な難しさから大半は断られたが、何とか課題をクリアできる技術者を見つけ、量産のめどが立った。
この段階で、多くのスタートアップが最も大きなハードルに直面する。それが資金の問題だ。ハードウェアを製造するスタートアップは試作開発や金型開発、設計、部品調達など、製造前に膨大な費用がかかる。創業して間もないスタートアップが調達できる資金には限りがある。実際、試作まではできたのに量産するための追加資金が集まらず、計画が頓挫するケースも珍しくない。
DENSHINDOは資金調達と並行して販売先の開拓も進めていたが、注文を取れても実際に入金があるのはかなり先だ。そこで、営業と事業開発を担っていた張氏が動く。以前から懇意にしていた卸商社のイツワ商事にUnの取り扱いを提案したのだ。
スマートフォン関連のアクセサリーなどを国内の大手家電量販店に卸していたイツワ商事は、学術的なエビデンスに基づいた技術と製品コンセプトを高く評価した。実績のないスタートアップが家電量販店との取引を開拓するのは至難の技だが、信用が既にある卸商社が全面的にバックアップすることもあって、複数の大手家電量販店からの受注にこぎ着けた。この実績が功を奏し、個人投資家やベンチャーキャピタルからの資金調達にも成功した。
こうしてDENSHINDOは、2021年10月から同社第1号製品となるUnの全国販売を開始した。今後はオンラインも含めた販路開拓やマーケティング活動を進めながら、新たな製品の開発も進めていくという。
メーカー出身の野村氏は新たな製品開発にとどまらず、サプライチェーンや工場まで気を配った成長戦略を描く。
「私たちはファブレスメーカーなので、顧客が欲しいときに、タイムリーに提供できる体制をメーカーとして構築することに人一倍努力しなければいけません。そのためには複数の工場と提携し、QCD(品質、コスト、納期)の改善を継続しながらも、コア技術は外部に漏れないよう徹底した対策をしていく必要があります。並行して、プラズマ技術を応用した美容機器の開発も進めていきたいですね。競合他社との戦いは避けられないので、『DENSHINDOだから買う』と指名されるようなブランドを作ることが重要になると思います」(野村氏)
試作開発とサプライチェーンマネジメントを経験した野村氏が強いパッションを持つことで、仲間が集まり、技術的な課題を乗り越え、DENSHINDOとして製品化にこぎ着けたばかりだ。
美容機器は、スタートアップが参入するには魅力的な市場規模である一方、製品の安全性や性能、品質などメーカーとしての守りの部分も要になる。DENSHINDOは引き続き沖野氏とも連携し、プラズマ技術を活用した製品開発を進めていくという。
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