ある大手メーカーのエンジニアが、さまざまな紆余(うよ)曲折を経て、新たなキャリアとして経営コンサルタントになるまでのいきさつを描く本連載。第1回では、エンジニアを目指したきっかけや、大手メーカーのエンジニアとして働いた10年間の経験などについて紹介する。
現在エンジニアとして活躍されている皆さんは、それぞれにエンジニアを目指した理由があると思います。私がエンジニアになろうと考えたのは、一人のカリスマから大きな影響を受けたからです。そのカリスマとは、アップルコンピュータ(現在のアップル、以下アップル)の共同創設者であるスティーブ・ジョブズ氏です。
医師だった私の父はガジェットマニアで、私が高校生の頃、その当時は珍しかったアップルの「Macintosh」が家にありました。PCといえばNECの「PC-9801」だった時代です。洗練されたデザイン。マウスによる直観的操作。“Mac”という名前の響き──。全てが新鮮ですぐに夢中になりました。
父が買ってくる「Macworld」という雑誌を読んで、この素晴らしいコンピュータを作ったのがスティーブ・ジョブズというエンジニアであることを私は知りました。イノベーションという言葉は今ほど身近ではありませんでしたが、エンジニアとはクリエイティブでイノベーティブな仕事であるというイメージが10代の私の心に強く焼き付けられました。
エンジニアになれば、新しいものを生み出すことができる──。そう考えた私は、電気系の大学に入学し、そこで情報と電気工学を学びました。卒業後に入社したかったのはアップルでしたが、私にとってはあまりにも高根の花で、結局、大手電機メーカーに就職しました。1998年のことです。
そのメーカーの当時の事業は、電話、プリンタ、半導体の3つのセグメントに大きく分かれていて、とくに電話の交換機の事業が好調でした。私は無線通信のLSIを開発する部門に配属されて、念願のエンジニアとしてのキャリアをスタートさせました。
マイクロソフトの「Windows 95」が発売になって、インターネットが一般に普及しつつあった時代です。私が社会人となった翌年には、NTTドコモが「iモード」のサービスをスタートして一世を風靡(ふうび)しました。このサービスが、多くの日本人にとってインターネットを利用するきっかけになったのではないでしょうか。
iモードに続く通信のイノベーションは、第3世代携帯電話でした。入社後に私が最初に手掛けた大規模プロジェクトは、その第3世代携帯電話用のLSI開発でした。世界でも最先端の取り組みで、徹夜をして仕事に打ち込んだことを覚えています。
最新の技術に関わることができるのは仕事の大きな醍醐味(だいごみ)でしたが、一方で閉塞感も感じていました。当時の企業は終身雇用が当たり前で、社員の流動性はほとんどありませんでした。クラス替えのない学校にいるようなものです。一緒に働いているメンバーの性格や仕事の仕方がよく分かるので、あうんの呼吸で仕事ができる良さもあるのですが、現場のコミュニケーションがあまりなく、決められた要件とルールにのっとって仕事をする毎日は、決してワクワクするものではありませんでした。
仮に要件やルールを変えた方がいいと思っても、エンジニアの一人でしかない自分がそれを口にすることはできないし、他部門のやり方に問題があると感じても、意見することはできない。それがエンジニアという仕事なのだとその頃の私は考えていました。
しかし、私は黙々と開発に打ち込むことに喜びを感じるタイプのエンジニアではありませんでした。今思えば、コミュニケーションへの飢えもあったのだと思います。それまでの開発一辺倒の仕事に飽き足りなくなって、営業に同行して客先に出向くことを希望するようになりました。
私は自分が開発している製品の機能全般を把握しているし、メリットとデメリットも熟知しています。それをお客さまに自分の言葉で伝えたい。そう思ったのです。お客さまと直接対話をすると、要望を聞くこともできるし、そこから新しい課題が見えてくることもあります。それを製品の改善や精度向上につなげることもできます。
「営業同行をするエンジニア」として働けるようになったのは、入社してから8年目のことです。しかし、その仕事も2年ほどしか続きませんでした。会社の業績が急速に悪化したからです。きっかけは米国発の世界的金融危機、いわゆるリーマンショックでした。
(次回に続く)
通信機器メーカー勤務後、リーマンショックを機に株式会社VSNに転職。入社後はエレクトロニクスエンジニアとして半導体のデジタル回路設計やカメラ用SDK開発業務に携わる。2013年より“派遣エンジニアがお客さまの問題を発見し、解決する”サービス、「バリューチェーン・イノベーター(以下、VI)」を推進するメンバー「バリューチェーン・イノベーター・プロフェッショナル」に抜てき。多くの企業で現場視点と経営視点の両面を併せ持った問題解決事案に携わる。現在は、全社的にVIサービスを推進するコンサルティング事業部の事業部長として、企業のバリューチェーン強化、DX推進、人事組織開発について実践的なコンサルティングサービスを推進。VSNのコンサルティング領域拡大をリードしている。
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