日立が実験回数4分の1のマテリアルズインフォマティクス技術、三井化学と実証へ研究開発の最前線

日立製作所は、同社が開発した新たなマテリアルズインフォマティクス(MI)技術について三井化学と共同で実証試験を開始すると発表した。三井化学が提供する過去の開発データを用いて、このMI技術の有効性を検証したところ、従来のMI技術と比べて高性能な新材料の開発に必要な実験の試行回数を4分の1に削減できることを確認したという。

» 2021年06月29日 08時00分 公開
[朴尚洙MONOist]

 日立製作所(以下、日立)は2021年6月28日、オンラインで会見を開き、同社が開発したAI(人工知能)を活用した新たなMI(マテリアルズインフォマティクス)技術について説明するとともに、三井化学と共同で実際の新材料開発に適用する実証試験を開始すると発表した。三井化学が提供した過去の有機材料の材料開発データを用いて、このMI技術の有効性を検証したところ、従来のMI技術と比べて高性能な新材料の開発に必要な実験の試行回数を4分の1に削減できることを確認したという。実証試験を経た後、2022年度の実用化を目指す。また、日立はデジタルソリューション群「Lumada」の一つとして提供している「材料開発ソリューション」に新開発MI技術を適用することで事業化も進める方針だ。

 今回開発したMI技術では、それぞれ独立に異なるデータを学習した2種類のAIを入れ子型で組み合わせている。1つは、大規模なオープンデータを用いて学習することで多様な構造の化学式を発案できるAIで、もう1つは、高性能な化合物を発案するために実験データから性能と構造の関係性を学習するAIだ。

開発したMI技術を用いた有機材料開発のイメージ 開発したMI技術を用いた有機材料開発のイメージ。2種類のAIを入れ子型で組み合わせている(クリックで拡大) 出典:日立

 これら2つのAIでは、画像の合成や生成に活用されている変分オートエンコーダー(Variational Autoencoder:VAE)という深層学習を利用している。オープンデータを用いて学習するAIは、入れ子構造の外側にあり、化学式の構造に対応する数値情報への変換と、数値情報から化学式の構造への逆変換を行う「化学式−数値情報の相互変換AI」としての役割を担う。一方、入れ子構造の内側にある実験データを用いて学習するAIは、開発中の材料に求める性能と関係する数値情報の成分を分離するとともに、その成分の値を調整することで高性能な化合物の発案率を高める「成分の分離・調整AI」となっている。

化学式−数値情報の相互変換AI成分の分離・調整AI 大規模なオープンデータを活用できる「化学式−数値情報の相互変換AI」を用いて化学式を数値情報に変換し(左)、「成分の分離・調整AI」によって高性能な化合物の発案率を高める(右)(クリックで拡大) 出典:日立

 新たなMI技術の効果を確認するため、三井化学が過去の材料開発で行った実験データを用いて、従来のMI技術との比較検証を行った。検証内容としては、用意した100個の化学式の実験データから、上位1〜3位の高い性能が得られた化学式を除いた97個を用いてAIの学習を行う。その上で、AIにとって性能が未知である上位1〜3位を含めた100個の化学式に対して学習済みAIを適用し、性能と関係する数値情報成分の高い順に上から100個の化学式を並べたランキングにして、上位から10個ずつ10分割した実験候補リストを作成した。

開発したMI技術の効果検証結果 開発したMI技術の効果検証結果(クリックで拡大) 出典:日立

 従来のMI技術では、性能が上位1〜3位の未学習の高性能材料は4つ目の実験候補リストに入っていたが、日立が開発した新たなMI技術では1つ目の実験候補リストに入っていた。つまり、未知の高性能材料を発見するまでの実験回数を4分の1に削減できたことになる。

 これまで、有機材料開発にMIを適用する場合、その化学式は文字情報であり、AIで簡単に扱えないことから、化合物の構造や特性を数値化した「記述子」で表し、この記述子からAIに材料性能を予測させる手法が一般的だった。ただし、AIが予測として出力する記述子から化学式に戻すことは難しい。

化学式を記述式で表す方式のMI技術が用いられてきた 化学式を記述式で表す方式のMI技術が用いられてきた(クリックで拡大) 出典:日立

 このため、別のAIで既知材料データを用いて大量に生成した化学式の中から、記述子を用いたAIによる予測性能値を基に有識者が有望な候補を選別し、それらの候補を実験して材料性能を評価することで、新材料の化学式を特定する方法が取られてきた。近年では、化学式を直接発案するAIも考案されているが、学習用に大量の実験データが必要になることが課題だった。

従来のMI技術 従来のMI技術では、候補化学式を大量に生成してから、記述子を用いたAIによる予測性能値を基に有識者が有望な候補を選別して実験候補リストを出すのが一般的だった(クリックで拡大) 出典:日立

 これに対して日立の新たなMI技術は、大量のオープンデータを活用できる「化学式−数値情報の相互変換AI」と、実験データが必要な「成分の分離・調整AI」という2種類のAIを入れ子型にすることで、大量の学習データを用意することなく、高性能材料の化学式を高確率で自動生成できるようになる。

 なお、今回のMI技術の対象になるのはモノマー(単分子)だけになる。樹脂やゴムなどのポリマー(高分子)については、今後の適用の可能性について検討していくとしている。

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