MONOist 国も超えてさまざまな人の意見を取り入れると、収拾がつかなくなるように思えます。
臼井氏 全てを表現することはできないので、まとめてしまう。どこか特定の国や地域、市場を前提にしたのではなく、さまざまな移動の負荷を限りなくなくすことがテーマとしてあった。移動の負荷というのは、おカネの負担かもしれないし、乗り降りのしにくさや、誰かの手を借りないと乗り降りできないことかもしれない。一刻を争って仕事をする人にとっては、移動時間そのものが負担になる。
スペースシーを初めて披露した時は、子どもがいる人の負荷低減を1つの焦点とした。親にとっては、家と学校を安全に行き来することや、勉強を続けさせることが日課となっている。無人運転車が通学手段になり、車内で勉強もしてくれれば親はうれしいだろう。
地域の高齢者の見守りということもユースケースとした。高齢者の生活の中では、郵便局や銀行で手続きしなければならないことがどうしても発生するが、移動が難しいという人も少なくない。金融機関からすると、来てほしいのに来てもらえない、かといって一人一人を訪問するのが難しいという状況だ。もし、配達の無人運転車がたまたま行ったときに窓口を兼ねてくれたら、高齢者にも金融機関にもうれしいことだ。他にも、病院に行きたいけれど行けない人のもとに、無人運転車で医師を運んだり、通信技術と組み合わせて車内で診察を受けられるようになるのではないかと考えた。
こういうコンセプトで発表した試作車を、米国人に見せると「これは自然公園に向いている」というアイデアが出てくる。自然公園の来園者向けに無人運転車をチャーターして講師の映像を流したり、無人運転で構内を巡ったりすることができるという。自然公園への乗り入れを無人運転車だけにして、車内のサービスを事業化できるんじゃないか、という発想も生まれる。
MONOist こうした議論の中でデザイナーはどのような役割を担いますか。
臼井氏 事業部が「朝は子どもを学校に連れて行き、金融機関になったり、患者や医師を運ぶクルマをつくる。広告宣伝のスポンサーがつけば地域で運用できるのでは」と提案すると、そこに対してデザイナーが別の視点から意見を出す。
武藤氏 スペースシーのシートレイアウトは、用途に合わせて向きを変えたり診察用のベッドになったりする。それは、デザイナーが「子どもを乗せるなら学校として使えるのでは? 学校なら、先生が映った画面に向かって椅子を動かしたいのでは?」と提案したからだ。同じように、「患者や医師を運ぶなら、車内で診断できたほうがいい、それならシートのレイアウトはベッドに変更できなければならないだろう」と伝えた。
臼井氏 これを受けて、事業部がどうやってモノを作るか考える。生活を豊かにする上で理にかなっている提案や自然に生まれた発想は、開発側が形にしなければならない。
武藤氏 例えば、跳ね上げ式のドアは、技術側からするととんでもない提案だったといわれる。デザイナーとしては、雨の日にクルマの乗り降りで、傘を開いたり畳んだりするためのひさしがあったらという発想だった。そうすれば高齢者もゆっくり乗り降りできる。デザイン思考には「共感」という最初のプロセスがある。事業部が共感しまくって企画を提案してくるので、こちらも具体的に形や色、素材を提案できた。
臼井氏 とんでもない機能だとはいえ、理にかなっているので形にしたかった。スロープも縁石の高さを計算した角度で設計している。こういった具体的な要素が一歩進むと、相乗効果で社内のデザイン思考が盛り上がり、いろいろなアイデアが出てくる。こういった進め方を実現するには、デザイナーが企画の早い段階から参加しなければならなかった。
MONOist デザイン思考を取り入れることは、これまでの仕事とどのように違いましたか。
臼井氏 自動車の企画は、サプライヤーではなく自動車メーカーがやっていた。われわれはその企画に沿った部品を納めるのが仕事であり、車両レベルの企画はやったことがなかった。これまでに発表した2台の無人運転のコンセプトカーはどちらもデザイン思考を取り入れた取り組みだが、1台目のスペースエルはティア1サプライヤーとして提供できるキャビンを表現した。2台目のスペースシーはクルマだけでなく、サービスの在り方を見据え、生活で何が必要とされているかまで考えた。本来のデザイン思考を実践したのはスペースシーのほうだといえる。
武藤氏 デザイナーが企画の早い段階から参加することは、いいデザインをする上では必要なプロセスだ。これまでは、事業部で案が出たものを形にするなど後工程をやるような部分が大きかった。そのため、商品がお客さまに届いた時に、お客さまのためになったのか、売れる売れない以外にもポイントがあるんじゃないかと考えていた。デザイン思考の導入によって、お客さまに役立つものを作りやすい環境が整ったと考えている。
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