情報処理推進機構のソフトウェア高信頼化センター(IPA/SEC)所長を務める松本隆明氏が、ソフトウェア分野のキーパーソンと対談する「SEC journal」の「所長対談」。今回は、ドイツ フラウンホーファー研究機構 実験的ソフトウェア工学研究所(IESE)のイェンス・ハイドリッヒ博士とマーティン・ベッカー博士に、システムズエンジニアリングの有用性やインダストリ4.0への取り組みなどについて話を聞いた。
本記事は、(独)情報処理推進機構 ソフトウェア高信頼化センター(IPA/SEC)が発行する「SEC journal」48号(2017年3月発行)掲載の「所長対談」を転載しています(対談時期:2016年10月25日)。
IoT時代を迎え、多様・複雑に連動するシステムの設計に、システムズエンジニアリングが有効であると言われるようになってきた。IPA/SECでは、フラウンホーファー研究機構/ IESEと協業して、欧州企業におけるシステムズエンジニアリングの先進適用事例・課題克服のベストプラクティスの調査・分析を実施した。本対談では、その調査・分析から得られた成功事例・教訓事例などを踏まえて両博士からシステムズエンジニアリングの有用性・有効性、実践に向けたアドバイス、更にはインダストリ4.0への取り組みなど幅広く話を伺った。
松本隆明氏(以下、松本) IoT時代におけるシステムズエンジニアリングの重要性について、お話をしていきたいと思います。まず最近のIESEの主な取り組みについて、簡単に紹介していただけますか。
イェンス・ハイドリッヒ博士(以下、ハイドリッヒ) 最近は、あらゆるドメインにおいてスマートエコシステムと呼ばれる統合システムへ進む傾向があります。これを達成するためにモノリシックな単一システムから、オープンで相互接続や拡張可能なサービス指向型のソフトウェアエコシステムへというパラダイムの変化が起ころうとしていて、IESEでもこれを見据えたシステム・インテグレーションの研究に取り組んでいます。
企業は、新たなビジネスチャンス、ビジネスモデルを求めています。その例が、スポーツ用品のアディダス社です。同社がランタスティックという企業を買収しました。ランタスティック社はスマートフォン向けのフィットネス用アプリケーションの会社です。
このように、以前はハードウェアを中心に事業を行ってきた企業が、全く新しい製品を出し、全く新しいビジネスモデルを使う形になっており、その手段となっているのが、デジタル化でありIoTなのです。デジタル化、IoTによって、大きなチャンスが生まれてきています。
その中で、どういう状況が出てきているかと言えば、これまでは閉鎖型、一枚岩のシステムであったものが、複数のシステムから構成されるシステム、すなわちsystem of systemsという統合型のものに移行してきているということです。それをスマートエコシステムと呼んでいます。どういうものかと言えば、業務プロセスをコントロールする情報システム、それから技術的なプロセスをコントロールする組込みシステム、これを統合するというものです。
このスマートエコシステムが適用されるアプリケーションとして、いくつかの異なる業界、領域というものがあります。その一つの大きなものとして、いわゆるインダストリ4.0が挙げられます。そして、もう一つ重要なアプリケーションとして、とくに最近顕著に出てきているのが、スマートルーラルエリアです。“スマート田舎”とでも言えば良いでしょうか。ドイツでは、都市だけではなくカントリーサイドに住む人たちが多く存在します。例えばラインランドペレッテネイトという州がスポンサーとなった一つのプロジェクトで、デジタルビレッジというプロジェクトがあります。
このプロジェクトでは、二つのモデル地域を設け、田舎の中でのIoTまたはデジタル化の活用にどういう可能性があるのかを模索しています。
松本 スマートルーラルエリアの場合、メインはやはりスマートファーミング、つまり農業のスマート化が中心ですか。
マーティン・ベッカー博士(以下、ベッカー) スマートファーミングも、その一つではありますが、具体的なプロジェクトとして出ているのは、スマートモビリティというものです。例えば、田舎に住む人が商品の配送、いわゆるクラウド・デリバリーを行えるように参加していくというものです。
ハイドリッヒ スマートヘルスもあります。とくに、田舎では遠隔医療というのが重要になってきますからね。
松本 日本でも、とくに地方では高齢化が進んでおり、非常に大きな問題になっています。
ベッカー 数年前にヨーロッパ全体でスマートシティの取り組みというのがありましたが、その中でも都市だけではなく、ルーラルエリアに対して何ができるのかを考えなければならない、ということが明確になってきました。と言うのも、ドイツにおいてもヨーロッパにおいても、大勢の人々が田舎に居住をしており、また、彼らはなるべく長く自宅で過ごしたいと思っています。スマートシティで使われてきた機能の、どれぐらいを、どのように田舎に適用できるのか、というのを考えていこうという流れになったわけです。
松本 先程のスマートファーミングに関して言えば、日本でも農業従事者の平均年齢が65歳を超えていて、しかもどんどん高くなりつつある。農作業をやることができなくなってきた。人がいなくなってきたということがあり、それが今、大変大きな問題になっています。それをいかにスマート化し、省力化して、あまり人手をかけずに済むようにするのか、ということを、日本でも議論するようになってきました。ドイツでは何か具体的な取り組みがありますか。
ハイドリッヒ ドイツでは、農業全体が、かなり機械を重視した形で行われています。とくに、大きな農地がある場合には、ハイテクの機器を駆使しています。実は私どもは、大変戦略的な協力関係をジョンディア社と持っています。ジョンディア社は、米国の農機の会社ですが、ヨーロッパにリサーチセンターを設けており、スマートファーミングに関しての様々な研究を行っています。それによって農作業を、容易に行えるようにするという目的が一つ。もう一つは、若い人たちにとって農業をやっていくことの魅力を増していくということです。
松本 それは良い取り組みですね。
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