快適さをシミュレーションする、東洋紡の着衣解析の取り組みCAE事例(1/2 ページ)

東洋紡の快適性工学センターでは、衣服の快適性について科学的な側面から取り組んでいる。今回、有限要素法により人体モデルに服を着せて動かした状態の衣服圧をシミュレーションし、導電性材料を利用した心電図を測定できるスマートウェアの開発に成功した。

» 2017年11月17日 13時00分 公開
[加藤まどみMONOist]
東洋紡 総合研究所 コーポレート研究所 快適性工学センターの権義哲(クォン・ウィチョル)氏

 ダッソー・システムズは2017年10月11日に東京コンファレンスセンター・品川において、ユーザーイベント「2017 SIMULIA Community Conference Japan」を開催した。その事例発表の中で、東洋紡 総合研究所 コーポレート研究所 快適性工学センターの権義哲氏が登壇し、「衣服圧シミュレーション技術:スマートセンシングウェアCOCOMIの電極配置設計」のタイトルで講演した。

 東洋紡では各種繊維素材をはじめ、フィルム・機能樹脂やヘルスケア分野など幅広い製品を開発、製造している。また同社は、1970年代から独自に衣服の快適性の数値化に取り組んできた。その中で明らかになってきたのが、快適性は「肌触り」「熱・水分特性」「圧力特性」の3つの要素でほぼ表せるということである。そこで東洋紡では、発汗マネキンの開発や風合い計測装置などを駆使して、数値化技術を培ってきた。これらの技術は、フィルムなど生地以外の同社の製品にも応用されており、例えば化粧品を塗った時のもっちり感の解明といったことにも役立っているという。

 3つの要素のうち圧力特性は、感じ方が人によって大きく異なる。締め付けられる感じが嫌だという人もいれば、フィットした感じが心地よいという人もいる。締め付けが強いと不快感を覚える、動きにくいといったことが起こるが、見た目がよくなったり走りや泳ぎが速くなったりする効果もある。そのため衣服圧を自在にコントロールできれば、より多様なニーズに応える衣服を提案できるようになると考えられる。

 衣服圧を測定する方法としては、エアパック型圧力センサーがある。センサー部分は一円玉程度の袋状で内部には空気が入っており、圧力がかかった時に内部の空気の圧力を計測する。しかし圧力センサーによる測定はピンポイントであり、面的な分布を測定することができない。また形状や材料の伸長特性などの条件を変更して調べるといった場合に手間が掛かる。そこで東洋紡では従来の手法を補完できる3次元の衣服圧シミュレーション技術の開発を進めてきた。

超弾性シェルとRebarレイヤーで生地をモデル化

 衣服圧シミュレーションでは、汎用(はんよう)有限要素法ソフトウェア「Abaqus」を用いて、生地のモデル化を行った。生地を作る方法は、縦糸と横糸を使って織る織物と、一本の糸を使って編むニットが主に挙げられる。これらをシミュレーションしようとする場合、糸を構成する繊維から再現するのが理想だといえるが、計算コストが非常に大きくなり現実的ではない。

 そこで東洋紡では、「母材に超弾性シェルを用いて簡便に編物のバイアス方向の挙動を再現し、鉄筋コンクリートなどに用いられるRebarレイヤーを利用することで、織物やニットそれぞれに応じた縦・横方向の伸長特性を再現できるような生地モデルを定義した」(解析を担当した東洋紡 コーポレート研究所 シミュレーションセンターの磯貝悠美子氏)。作成した生地モデルと、実際の織物およびニットそれぞれについて伸長特性を比較したのが図1である。実験とシミュレーションデータとの比較でも、数値が精度よく一致することを確認している。

図1:モデル化した生地を伸長させたシミュレーション結果と実測との比較(出典:東洋紡)

スマートセンシングウェアを実現する

 同社は文部科学省の「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」において、産学共同で「スマートセンシングウェア」の開発に取り組んでいる。スマートセンシングウェアが目指すのは、リアルタイムでのさまざまな生体情報の計測である(図2)。ウェアを着用することによって、心電図、呼吸、発汗、皮膚温、ひじ関節角度の5つについて測定することを目指す。「現在、心電図と呼吸については実際に計測できるレベルに達している」(権氏)。

図2:「スマートセンシングウェア」の目指すもの。COI STREAMとして立命館大学と取り組んでいる(出典:東洋紡)

 心電図の計測では、通常は肌に直接ゲル電極を貼り付け、心臓の電位パルスを拾うが、発汗による剥がれやかぶれなどの恐れがあり、日常的に測定することは難しい。そこでスマートセンシングウェアでは、衣服側に固定した電極を衣服の圧迫により肌に接触させる方法を採用している。常にパルスを拾うためには圧迫を継続する必要があるため、快適性を保ったまま適切な電極の場所を検討するために、FEM解析を行った。

 なおこの電極には、権氏らが生体情報計測ウェア向けに開発したフィルム状導電性素材「COCOMI」が採用されている。COCOMIの大きな特徴は伸縮性を持たせたことである。COCOMIの構造は絶縁シートにストレッチャブル導電性ペーストからなる導電層が挟まれた形になっている。既存の導電性ペーストだと約10%伸ばした時点でクラックが発生し始めるが、COCOMIは100%の伸長でもクラックが発生せず問題なく導電性を保つという。シート抵抗は1Ω/□(オームスクエア)以下となる。また厚みは0.3mmと薄く、カッターやハサミで容易に加工できる。熱圧着で布に貼り付けられることからヒートプレスを利用でき既存の工場への導入も容易だという。

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