シリコンバレーのロボットベンチャー関係者で「Willow Garage」を知らない者はいない。ROSやTurtleBotの開発元としてはもちろん、輩出した人材は業界に大きな影響を与えており、PCにおけるベル研究所やパロアルト研究所とも呼ばれるWillow Garageの足跡を追う。
従来の製造用途からサービスなど非製造用途への適用が進みつつあり、世界的な盛り上がりを見せるロボット業界。IT産業などと同様、シリコンバレーを始めとした米ベイエリアのスタートアップがイノベーションをけん引しており、ホテル向け執事ロボットを開発するSavioke、ソフトバンクが出資したことでも有名な流通向けピッキング・搬送ロボットを開発するFetch Robotics、テレプレゼンスという市場を作り出したSuitable Technologiesなどが有名だ。
そんなベイエリアのロボットコミュニティーにおいて、一目置かれる集団が「Willow Garage(ウィローガレージ)」だ。先に挙げた3社の創業者はいずれもWillow Garageの出身者という共通点がある。「ロボット業界におけるWillow Garageとは、パーソナルコンピュータにおけるBell LabsやXerox Parcのようなものだ」とまで言われるWillow Garageに迫ってみたい。
Willow Garageとは、2006年にScott Hassan氏によって設立された、ロボットの研究開発・インキュベーションを行う企業だ。ロボット向けオープンソースソフトウェアのROS(Robot Operating System)の開発や、研究開発向けとして標準ロボットの地位を得た「PR2」「TurtleBot」の開発で知られており、2014年に事業を停止するまで、ロボット業界の発展に貢献した。
ROSは研究開発のみならず、米国のロボットスタートアップ、大企業のロボット関連新規事業では標準的なソフトウェアとして広く使用されている(詳細は過去の特集記事を参照頂きたい)。DARPA Robotics Challengeで用いられるような救助ロボット、コラボレーション型ロボットとして有名なRethink RoboticsのBaxterでも採用されているほか、BMWやRobert Boschの自動運転車の開発でも使われている。ソフトバンクのPepperが対応したことも記憶に新しい。
現在のロボットブームの背景には、ハードウェアとソフトウェアの両方が、ロボットをビジネスとして成り立たせられるだけの性能とコストに到達したことがある。ハードウェアに関して言えば、2000年代前半まではセンサーとプロセッサは性能・価格の問題から、人とのインタラクションを考慮したロボットを作ることに現実的ではなかった。周囲に人間がいる日常環境での認識ミス・レスポンスの遅れは、人への危害につながりかねないからだ。
それが2000年代後半には、ロボットに搭載できるプロセッサの計算能力がリアルタイムのデータ処理をするに十分となり、また、Microsoft「Kinect」など高性能なセンサーが低価格にて得られるようになったことで、日常環境での使用に耐えうるロボットをビジネスとして投入する下地が整ってきた。
こうしたハードウェア側の変化を察知し、ソフトウェア側の大きなハードルであったソフトウェア開発工数の削減、既に開発されたソフトウェアの再利用促進のためにWillow GarageはROSというオープンソースソフトウェアを開発した(正確には、スタンフォード大学のSTAIR[Stanford AI Robot]やPR[Personal Robot]プログラムで始まったプロジェクトである)。
これにより、ソフトウェアの開発効率が飛躍的に向上し、小規模のスタートアップでも複雑なロボットのアプリケーションを短期間で開発することができるようになった。陳列棚の在庫管理ロボット「Tally」を開発するSimbe Roboticsで最高技術責任者(CTO)を務めるMirza Shah氏の言葉を借りれば「ROSを利用した結果、従来は22年の開発期間が掛かると見積もられていたロボットを、実に18カ月で開発することができた」というほどであるから、いかにWillow Garageがロボットスタートアップの勃興に与えた影響が大きかったかが分かるだろう。ちなみに、Mirza Shah氏もSimbe Roboticsを始める前はWillow Garageでソフトウェアの開発に携わっていた。
なぜWillow GarageがROSのようなロボットに関わるイノベーションの源泉となる製品と、数多くの起業家を輩出できたのか。その立ち上げから掘り下げてみよう。
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