これらの状況が出そろう中、シャープはどちらと組んで経営再建を目指すべきだろうか。今回の交渉の進捗報告で高橋氏が強調したのが「シャープのDNAを保持する」ということで、「そのためには複数の事業体がまとまった形を維持しなければならない」ということである。その例として紹介したのが、シャープがかつて掲げていた「スパイラル戦略」である。スパイラル戦略とは「先進的な部品を開発しその部品を元に特徴的な商品を生み出す」ということと「商品として使われることで部品の目標が明確になり性能や機能の向上を生み出す」という2つのことによりらせん状に製品力を高めていくということである。
高橋氏は「各カンパニーを単独で分割すれば、投資家としての価値はあるかもしれないが、特徴的なシャープらしい製品を生み出すような原動力は失われる。デバイスから製品までを1つの企業体として抱えることが重要だ」と述べている。
こうしたことから考えると、相乗効果を生みそうなのは鴻海精密工業であるといえるかもしれない。実際に現段階では「より多くのリソースを鴻海精密工業の条件の精査に使っている」(高橋氏)としている。
鴻海精密工業は世界最大のEMS(電子機器受託生産サービス)企業である。現在も董事長(CEO)を務める郭台銘氏が1974年に24歳で創業し、約40年間で売上高15兆円以上という巨大企業となった。創業当時は樹脂射出成形を中心とした町工場だったが、1990年頃に米国コンパックからデスクトップPCの筐体製造と組み立てを請負い、EMS事業へと舵を切った。現在ではデスクトップPCやスマートフォン、デジタルカメラ、ゲーム機、ロボットなど多岐にわたる製品の製造を代行。特にアップルのiPhoneの製造を一手に引き受けていることなどが有名だ(関連記事:iPhoneを製造するフォックスコンは、生産技術力をどこで身に付けたのか?)。
ただ、もともと鴻海精密工業の成長の原動力となったのは、中国語圏であることを生かして中国に早期に進出したことである。大規模工場で中国の安い人件費を活用し、圧倒的なコスト競争力でさまざまな製品の生産を受託してきた。しかし、中国の人件費が高騰する中でその強みは失われつつある。既にこれらの状況を踏まえて鴻海精密工業では、生産地のグローバル化や、生産の自動化などを進めてきており、これらは世界最先端の体制になっている。しかし、以前ほどの圧倒的な差別化は難しいといえる。鴻海精密工業では自社ブランド製品の展開やロボット事業などの新たな領域への進出など、さまざまな取り組みを進めているが、これらも新たな成長の柱とするにはまだ難しい状況である。
こうしたことを考えると、鴻海精密工業にとってシャープのさまざまな技術力やブランド力、流通販路などは、魅力的に見えることが推測できる。高橋氏も「推測でしかないが、シャープの技術力やそれを生み出す人材、ブランド力などに意味を感じてもらえているのではないか」と述べている。
ただ一方で、鴻海精密工業の傘下に入った場合のリスクもある。鴻海精密工業は巨大企業であり柔軟で迅速な経営判断なども特徴だ。今までにさまざまな企業の買収などを積極的に行ってきたが、不採算な場合の整理も早い。現段階では「シャープの現在の事業体を維持する」としていても、思ったほどの効果が得られないとなれば当然、事業閉鎖や売却などの話が進んでもおかしくない。また、同様に技術流出についても、現在はSDPが共同経営の形であるが、完全に傘下に入った場合には当然、鴻海精密工業が関連する液晶ディスプレイ事業にはシャープの技術が活用されることになる。その後は、どの程度まで技術の秘密が守られるのかというのは不透明な状況である。
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