DuPontやドイツBayerといった競合が汎用品から撤退して高付加価値事業に特化する中、BASFは自らを「The Chemical Company」と称し、石油・天然ガスの採掘から基礎化学品、高度な先端素材まで手掛けている。ちょうど日本の総合化学企業に近い(実際はそれ以上に幅広い)事業領域をカバーしている。にもかかわらず、高付加価値事業に特化する競合をしのぐ成長を持続しているのだ。
BASFの成功の鍵はM&Aの活用にある。特に買収後の統合力に大きな特徴があると筆者は考えている。同社はM&A対象企業の選定基準の1つとして「遅くとも3年目までにEPS(1株当たり利益)向上に貢献可能であること」と明示している。見方を変えれば「企業を買収したら2年以内にその収益力、資産効率を高める」と市場に宣言していることになる。自社の能力に対する自信の現れでもあるが、実際に1990年代から数年に1度数千億円規模の買収を繰り返しながら、収益成長を維持してきた実績がそれを裏付けている。
もともとBASFは「フェアブント(統合生産拠点)」というコンセプトの下、生産・調達・工場間配送・製品開発などの諸機能を同一立地に集積することで高効率、高付加価値創出の源泉としてきた。さらにグローバル拠点間でのコストやノウハウの共有化によって数年間で10億ユーロ規模のコスト削減プログラムを繰り返し遂行し、事業効率を継続的に高めてきた。
企業買収後の迅速な統合はこれらのオペレーションの強みを成長力に転換する機能を果たしてきたと捉えることもできる。高い統合能力が企業買収の対象事業、地域、企業の選択肢の拡大と投資成果の早期実現の推進力となり、「成長市場(新興国)での事業拡大」と「高付加価値化」の同時追求という事業戦略を可能にしてきたのである(図3)。
日系総合化学企業もBASFをはじめとするグローバル競合と同様に、事業戦略において成長と収益性の同時追求をうたっている。しかし既に見たように特に収益性の向上においてその差は拡大しつつある。では海外事業の収益化を加速するための「鍵」は何だろうか。
BASFの例が示すように効果的なM&A戦略と実行、そして買収直後の統合が非常に重要であることは議論の余地がない。しかし、これまでの事業投資収益が低迷している現状を踏まえれば、日系企業はより喫緊の課題として、想定以下の業績に低迷している「海外投資先事業の再生」にまず取り組む必要があるのではないだろうか。
海外M&Aの失敗でよく議論されるのはガバナンス強化である。しかし筆者たちの経験では、ガバナンス強化のみで事態が好転することは少ない。容体の悪化した患者に対して、いくらさまざまな計器で病状を計測し、主治医を変えても、病巣そのものへの働きかけが無ければ回復は望めない。同様に、海外投資先事業の再生には現地の事業・組織・経営の変革に向け、多面的な介入が必須である。
それは例えば以下のような内容だ。
実際の現場ではこれらが具体的にどのように進むのだろうか。次ページでは、筆者たちの企業が支援した日系化学企業A社の事例を紹介する。
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