スタートボタンを押して、シフトをDレンジに入れて走り出す。走行距離を確保するため、最高速度は時速150kmに制限されるが、最高出力は86kW(連続動作時は68kW)で、最大トルクは290Nm(連続動作時は177Nm)を発揮するモーターにより、時速0〜60kmを4.5秒で加速し、時速100kmには14秒で到達するとカタログには書かれている。
スタート時の加速は少々物足りなく感じた。アクセルペダルを踏み込んだと同時に素晴らしい加速をするのが、モーターで駆動するEVやPHEVならではの楽しみなだけに、その点は評価に曇りが残る。スポーツモードを選択してみても、アクセルを踏んだ量に対する加速の立ち上がりが変わるだけで、絶対的な加速性能は変わらないので、もたつく印象は否めない。実は、筆者がEV・PHEVの味だと思っていた「モーター特有のトルクの立ち上がり」はなるべく排除して、普通のエンジン車の乗り味に近づけたというのだ。その意見に一理あるかもしれないが、同意はしかねる。
機敏なコーナリングというわけにはいかないものの、550kgのリチウムイオン電池を床下に積むおかげで、終止安定した姿勢でコーナーを走り抜けられる。ただし、スラロームでは前輪が早々に滑り出し、理想的なラインを取るのが難しい。ステアリングフィールはやや剛性感と正確性に欠けていた。なんとステアリングは、モーター動力でアシストする電動パワーステアリング(EPS)ではなくて、電動ポンプによる油圧式のステアリングを採用していた。
今回の試乗で試すチャンスはなかったが、充電時間は中国の家庭用電源(230V)で15時間かかる。充電電圧を400Vまで昇圧できるウォールボックス(価格は2400ユーロ)を使用すれば3時間で満充電になる。将来的には、充電電力が100kWに達する急速充電器を使って、充電時間を30分に短縮するという、日本のCHAdeMO(チャデモ)に相当する計画もあるという。
加速性能の考え方に多少の不満は残るものの、「DENZA」を総合的に見れば、当初の想定よりは高い評価を与えて良さそうだ。生産はBYD内の専用工場で既に始まっており、2014年9月26日から36万9000元(約654万円)の価格で発売される。中国の中央政府と地方自治体から合計で約11万4000元(約202万円)の補助金が得られるので、実質的な購入価格は25万5000元(約452万円)になる。
補助金以上に、中国国内のユーザーにとって最大の朗報は、EV購入者が「イージー・ライセンス・プレート」の発給を受けられることだろう。現在北京では、1年間でわずか14万台分のライセンスプレート(ナンバープレート)しか発給されていない。このため200万人がナンバープレートの支給を待っているという。これに対してEVを購入する場合には、ナンバープレートが即日交付されるのだ。
中国政府は、今後5年以内に世界最大のEV市場を形成したいと宣言しており、2014年は半年間で既に2万台を越えるEVが販売されている。2013年の中国の自動車市場は約1800万台で、うちEVは2万台だった。つまり、半年間で2013年の1年間の販売台数を上回ったわけで、この調子でいけばEVの販売台数は前年比2倍になると予想されている。
ただし課題も多い。中国ではまだ石炭発電が多く残されており、発電手段から換算するWell to WheelのCO2排出量で考えると、環境面でのEVのアドバンテージは乏しくなる。また、電力供給網自体の課題も多く残されている。EVとセットで語られることが多いスマートグリッドの議論なども会見では行われなかった。
とはいえ、大都市での深刻な大気汚染といった目前の課題は、EVの普及によって改善できることは確かだ。海外から見ればちぐはぐなところもある中国のEV政策だが、中国国内の視点で見れば、ダイムラーが関わるDENZAの発売によって大きく動き出した感がある。
川端由美(かわばた ゆみ)
自動車ジャーナリスト/環境ジャーナリスト。大学院で工学を修めた後、エンジニアとして就職。その後、自動車雑誌の編集部員を経て、現在はフリーランスの自動車ジャーナリストに。自動車の環境問題と新技術を中心に、技術者、女性、ジャーナリストとしてハイブリッドな目線を生かしたリポートを展開。カー・オブ・ザ・イヤー選考委員の他、国土交通省の独立行政法人評価委員会委員や環境省の有識者委員も務める。
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