「SiC」と「GaN」、勝ち残る企業はどこか?(前編)知財で学ぶエレクトロニクス(1)(3/5 ページ)

» 2012年08月06日 09時45分 公開
[菅田正夫,知財コンサルタント&アナリスト]

量産するSiC結晶はさまざま

 それでは、表1に戻り、各企業の動向を追ってみましょう。

 米Northrop Grummanからの事業買収でSiCウエハーへの取り組みを進めたII-VIは、傘下の米Wide Bandgap Materialsと共に、高いシェアを獲得している6H-SiC*5)から、量産4H-SiCへ切り替えようとしており、6インチSiCウエハーへの対応も進めています*6)

*5) SiCの単結晶には複数の種類がある。立方構造(立方晶)をC、六方最密充填構造(六方晶)をHで表す。さらに配列順序の違い(ポリタイプ)により、番号で区別する。半導体として利用される「3C」「6H」「4H」はバンドギャップなどの物性が異なる。そのため、用途ごとに必要な単結晶は違ってくる。

*6) II-VI Incorporated 2011 Annual Report(PDF)を参照

 HOYAは自社開発のスイッチバックエピタキシー法で製造した、単結晶3C-SiCウエハーを用いたMOSFET開発を外部委託で進めると同時に、3C-SiC*7)の6インチ化を目指しているようですが、多少乱暴な言い方ですが本気で事業化を狙っているようには感じられませんでした。

*7) 同社が2002年に発表した3C-SiC基板に関する発表内容。長年SiCを手掛けている企業にしては、開示情報は少ない。2011年には3C-SiCを利用した横型MOSFETに関する論文をThe 2011 International Conference on Silicon Carbide and Related Materials(ICSCRM 2011)で発表しているものの、同社によれば、今後は単独ではなく、他社と組んで開発を進めるという。

 中国企業のTanKeBlue Semiconductor*8)(国内代理店は2009年からMTK)は、独自のSiC結晶成長装置と加工技術をもち、結晶と結晶サイズの拡大、結晶品質の向上に取り組んでいます。TanKeBlue Semiconductor製SiCウエハーは既に顧客から高い評価を得るまでになっており、今後の量産品が競合企業にとって脅威になると考えられます。

*8) TanKeBlue SemiconductorのWebページ

 産業ガス供給を本業とするエア・ウォーター*9)は、米Chevron Research and Technologyから導入した技術コンセプトに基づき、超高真空技術・超高純度ガス供給技術・自動制御システム・安全管理システムなどの技術を駆使して自社開発した、エピタキシャルVCE(Vacuum Chemical Epitaxy)装置を生かし、8インチSiC単結晶ウエハーを開発しており、GaN下地基板としての優位性を量産装置に発展させようとしています。

*9) エア・ウォーターは、大同ほくさん(ほくさんと、大同酸素の合併によって誕生)と、共同酸素とが2000年4月に合併して成立した企業。

 日新電機の耐圧3kV級デバイス開発から2002年4月に派生したエコトロン*10)は日新電機の社内ベンチャーとして、SiC単結晶基板高品質化に取り組んでいます。SiC単結晶基板の高品質化をバッファ膜で実現させようとしており、「バッファ層+活性層形成」までの成膜プロセスにおいて、CVD法よりも優れた方法であるMSE(Metastable Solvent Epitaxy:準安定溶媒エピタキシー)法を採用しています。

*10) 同社のWebページ

 住友金属工業は、2000年から溶液成長法*11)によるSiC単結晶育成技術を自社開発し、2004年には2インチ、2006年には4インチのウエハー開発に成功しています。溶液成長法では、溶液から結晶を成長させるため、気体から一気に結晶を作る昇華再結晶法に比べ、結晶欠陥が少なくなるという特徴があります。住友金属工業はエピタキシャル膜についても溶液成長法の適用を進めており、従来の1/10以下となる結晶内不純物濃度の低減にも成功し、さらなる高純度化を進めています。

*11) 溶液成長法に関する住友金属鉱業の技術情報

 Dow Corningは、化合物半導体を手掛けていた米Sterling Semiconductorを2003年に買収し、自社傘下にDCCSS(Dow Corning Compound Semiconductor Solutions)を新設して、SiCウエハー事業に参入しました*12)。そして、東レとの合弁企業である、東レ・ダウコーニング(Dow Corning Toray)は、2009年にSiCウエハー事業への参入を発表しており、6インチウエハーで市場リーダーとなることを狙っています*13)

*12) Dow CorningによるSiCに関する技術ライブラリページ

*13) 東レ・ダウコーニングによるSiC量産体制に関する発表(PDF)。

 エシキャット・ジャパン*14)からの事業を継承した昭和電工は、2009年にSiCウエハー事業に参入しています。現在は、LED用GaNウエハーに取り組んでいますが、自社開発の結晶成長技術である「ハイブリッドPPD(Plasma assisted Physical Deposition)法」を生かして、大口径GaN系エピタキシャルウエハーの事業化を狙っています。さらには、SiCウエハー事業の経験を生かし、将来はパワー半導体用GaNウエハー分野に展開することも考えられます。

*14) エシキャット・ジャパンは、産業技術総合研究所(産総研)・電力中央研究所・昭和電工の三者が有する独自技術および共同研究成果を活用し、パワー半導体用SiCエピタキシャルウエハーを量産・販売することを目的とした企業。産総研技術移転ベンチャーとしての支援を産総研から受けて、個人組合員6人と法人組合員である昭和電工によって2005年9月に設立された。2006年11月からSiCエピタキシャルウエハーを販売している。その後、2008年に昭和電工に事業を譲渡した。

 なお、ハイブリッドPPD法は、従来のMOCVD(Metal Organic Chemical Vapor Deposition)法と昭和電工が開発したPPD法とを組み合わせたものであり、従来のMOCVD法と比較し、高品質の窒化物半導体結晶の製造が可能です*15)。既に、これまでMOCVD法では品質上困難であった4インチウエハーを使用したLED素子の生産を実現しています。

*15) ハイブリッドPPD法に関する昭和電工の解説

 2011年8月に、ブリヂストンは5インチ高品質SiCウエハーの開発に成功したと公表*16)しています。ブリヂストンの特徴は、粉体原料から最終製品までの自社一貫体制で、SiCウエハーの高品質と大口径化の両立を図ろうとしているところにあります。

*16) ブリヂストンのニュースリリース資料

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