「SiC」と「GaN」、勝ち残る企業はどこか?(前編)知財で学ぶエレクトロニクス(1)(2/5 ページ)

» 2012年08月06日 09時45分 公開
[菅田正夫,知財コンサルタント&アナリスト]

Creeと新日本製鉄の狙いとは

 Cree(クリー)は、SiCウエハー供給のリーダー企業であり、市場の本格化に向けた供給体制を築きつつあります。そして、新日本製鉄との間で、「両社が保有する全世界のSiC単結晶ウエハーおよびSiC単結晶エピタキシャルウエハー特許にかかわる相互ライセンス契約」を締結しています*2)。この相互ライセンス契約は、Creeが日本市場進出を図る際の懸念となる特許係争発生防止を狙ったためと考えられます。

*2) 2011年4月25日に公表(PDF)した「新日鉄、米クリー社とSiC単結晶ウェハに関する相互ライセンス契約を締結」。Cree側の発表内容はこちら

 Creeの相互ライセンス契約相手である新日本製鉄は、2009年からSiCウエハーの製造に参入し、量産は関連企業の新日鉄マテリアルズが担い、技術部門内の「事業開発グループ」から「SiCウエハーカンパニー」へと組織改編を進めています。そして、新日本製鉄はCreeとの契約公表日(2011年4月25日)に、SiCウエハーの増産計画を公表し、市場拡大を狙っていることを明らかにしています。

 CreeはSiCウエハーに関して有力な米国特許を数多く保有していますが、日本での特許保有件数では新日本製鉄の方が勝っています。ですから、SiCウエハーの市場シェアで優位なCreeにとっては、新日本製鉄特許に煩わせられることなく、パワー半導体デバイスの有力企業が多く存在する日本でのSiCウエハー供給の売り上げ増を狙ったと考えられます。これは技術力のある企業が急速な事業拡大を狙う際にとる、典型的なクロスライセンス戦略*3)に相当します。

*3) クロスライセンスにおいて、両者間の特許の量と質に差がある場合には特許の相互利用に加えて、金銭的な補填が行われるが、補填の事実とその金額が公表されることはまれだ。今回は新日本製鉄がCreeに金銭的補填をした可能性もある。

 そして、世界市場へのSiCウエハー供給を目指す新日本製鉄にとっては、世界市場におけるCree特許という障害を前もって解消することを狙ったと考えられます。ちなみに、新日本製鉄はCreeの約2倍の日本公開特許出願件数を保有していますが、日本特許はCreeにとっては外国出願であり、新日本製鉄にとっては自国出願であることも考慮に入れておく必要があります*4)

*4) 出願地域は特許出願費用に関係してくる。知的財産戦略の観点から、技術開発を行う国や地域(技術開発拠点国)に加えビジネスにかかわる国や地域(生産国・流通拠点国・市場国)に特許を出願する。企業が特許出願にかける費用は、日本出願の場合、社内コストや当初の権利維持費まで考慮すると1件当たり約100万円で、外国出願まで行うと翻訳費用を含め約300万円となり、複数国に出願ともなれば約500万円となる。このため、特許出願件数には企業の経営的意思の他に、各国/地域の技術開発支援意欲と企業の事業開発意欲が反映されたものになると推察される。


クロスライセンス=オセロゲームという理論

 Creeと新日本製鉄のクロスライセンスをどう捉えるべきでしょうか? まず、表A-1にCreeと新日本製鉄の両社が保有する、世界の公開系特許件数*A-1)の比較を試みました。

*A-1) 本来は特許権の既に確定した登録特許件数で比較すべきだが、技術開発が進展中のSiCウエハー関連分野では、将来の権利化の可能性までを考慮しておくため、あえて公開系特許出願件数で比較することにした。


表A-1 国と地域別に見たCreeと新日本製鉄のSiCウエハー関連公開系特許出願件数の比較 新日本製鉄の出願は日本に集中している一方、Creeは分散している。なお、表中のWO(PCT)とは、PCT(Patent Cooperation Treaty:特許協力条約)に基づき、WIPO(World Intellectual Property Organization:世界知的所有権機関)に出願された特許(WO特許)を指す。WO特許は国際公開特許であるため、発行されるのは公開公報のみである。国際出願(PCT出願)を行った後に指定国の特許庁へ翻訳文を提出することで、その国での審査を経て登録公報が発行される。

 表A-1から、Creeと新日本製鉄の公開系特許の保有件数(合計)はほぼ同じことが分かります。しかし国/地域をみると、Creeの特許出願は世界市場指向型であり、新日本製鉄の特許出願は日本市場偏重型(あるいは、今後の優先権主張による外国出願特許の急増)であることが、それぞれ読み取れます。新日本製鉄のSiC特許群が質的に優れたものであれば、Creeの日本市場進出にとって、新日本製鉄特許群の存在は目障りなものです。

 ですから、Creeは新日本製鉄とのクロスライセンスで、日本のパワー半導体製造企業へのSiCウエハー供給事業を展開する際の障害となる新日本製鉄特許群を取り除いたと考えられます。一方の新日本製鉄にとっても、自社製SiCウエハーを世界市場に販売する際に障害となるCreeの特許群が、「クロスライセンス契約により、障害特許から自社で活用できる特許に変わる」ことは、ウエハー事業開発にとって大きなメリットとなります。


敵を味方に変える手法

 「金銭的補填を背負ってクロスライセンスに取り組む企業」にとって、クロスライセンスはまるでオセロゲームのような知財戦略展開となる可能性があります。つまり、「クロスライセンス後は、自社の事業開発力こそが、市場競争の勝負を決めるもの」になりますから、経営戦略視点から見れば、「技術と特許(知的財産)は事業開発の一手段である」ことが分かります。



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