シンセシス展で見たアートとモノづくり技術の融合ものづくり系女子が解説! 3Dとアートの進化(2)(2/2 ページ)

» 2011年12月02日 12時00分 公開
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新技術の導入と3次元立体化の苦労

 名和氏の作品においては、設計データとして工場で立体化を終えた3次元データも活用されている。映像表現のCGに転用したり、制作指示のための図を作ったりとデジタルならではの活用にも意欲的だ。

 「まずデジタルで造形することで、サイズの変更や造形の加工が後からでも自由にできます。また、模型のアウトプットも正確にできるため、展示構成の精度を向上させることにもつながりました。freeformの導入によって、複数の彫刻や模型の制作を同時進行するという、従来では考えられないようなスピード感にあふれたクリエイションを経験しました」(名和氏)。

 シンセシス展開催中は、東京都現代美術館の会場だけでなく、東京都内のブティックやギャラリー、ミュージシャンのコンサート会場の舞台上でも名和氏の作品を観ることができた。100点を超える作品を美術館に展示しておきながら、別の媒体でも新作を見せるスピード感は、デジタル制作がかなえたといえるだろう。

04 2012年に完成する屋外彫刻作品の3次元プリンタ スケールモデル“Manifold_Model(1/30)”2011 mixed media 「名和晃平―シンセシス」2011年 展示風景、東京都現代美術館。courtesy of SCAI THE BATHHOUSE photo by Seiji Toyonaga(SANDWICH)

 その一方で、デジタルとアナログの勝手の違いや戸惑いもあった。

 「デバイスとソフト、そしてそのアウトプット(3次元プリント)に結構なコストが掛かります。実際はアナログと変わらないところまで来ているのですが、まだ若いクリエイターにとっては難しいでしょう。気軽に使えるラボとオペレーターがいれば急速に広まると思います。ボクセルデータからポリゴンデータへの変換作業など、デジタルならではの作業が発生することも。今後より高精度なプログラムの登場により自動化されることを願っています」(名和氏)。

 アーティストでありながら、自動化したいとは、なかなかに面白い視点ではないだろうか。名和氏にとっては、プログラムもあくまでもツールであり、また3次元データに関する苦労はモノづくりもアートも同じところであるようだ。モノづくりの分野で活用に試行錯誤された技術が、頻繁にアートやクリエイティブに用いられるようになった。使われてこその技術が、新たな用途でどのような進化を遂げるのか。名和氏の作品には今後も多くデジタル技術が用いられていくだろう。作品はもちろんのこと、技術の用い方でも魅了してくれることを楽しみにしたい。

京都市立芸術大学の取り組み

 名和氏の出身校である京都市立芸術大学は、2011年10月1日から11月13日まで二条城近くに位置するギャラリー@KCUA(アクア)で「共創のかたち〜デジタルファブリケーション時代の想像力〜」と題した展覧会を開催した。「今日のモノづくりの環境における、デザイナー、アーティストの役割とは何か?」と公式Webサイトに記載されているように、アートの視点からモノづくりとの関係性に焦点を当てた内容だ。

 展示物はオープンソースで市民のモノづくりを支援する工房として注目されている「FabLab Japan」のオリジナル3次元プリンタのほか、1枚の板金から切り抜きと曲げだけで立体的な椅子(いす)を作ることができる図面をオープンソースとして公開しているドイツのアーティストの作品など、国内外の作り手と使い手の「共創」によるモノづくりの事例を集めた。本展覧会を企画する京都市立芸術大学学芸員の森山貴之氏に話を伺った。

共創のかたち〜デジタルファブリケーション時代の想像力〜

 この展示会では、プロシューマー集団で作る新たなモノづくりのかたち、コミュニティーのあり方やデジタルファブリケーションの事例をまとめて見ることができた。特に、デジタルファブリケーションの作品はこれまで大学の研究発表やデザイン関連のイベントなど、個々の作り手がさまざまな場で発表しながらもまとめて見られる機会はあまりなかった。

 森山氏は、そうした新しいモノづくりの取り組みに対して工学、デザイン、アートの側面からの視点を提供し、「共創」のコミュニティーのプラットフォームと位置付けることを狙ったということだ。

 展示の入り口にはハーレーダビッドソンのバイクが並び、「共創は可能か?」と書かれている。ハーレーダビッドソンは、今でこそそのブランドは揺るぎないものに思えるが、ガレージ文化のアメリカにおいて一時期はユーザーの改造文化によって本家ブランドとしての地位を危うくしたことがあった。そんなとき、自社での開発に閉じてしまうことなく、あえてユーザーたちが改造したパーツを自社のラインアップに加えて行ったのだ。これは、インターネット上でユーザーの中のプロフェッショナルたちが集まり、趣味で完成度の高い非公式ビデオを作ってしまうマッシュアップの行為に近い。こうして、ブランドの魅力を取り戻したハーレーダビッドソンは、今日まで続くバイク乗りの文化と共に歩んできた。

 例えばこれが日本であったなら、ちまたで流行している正規ではない部品をメーカーが取り入れるということが起こっただろうか。日本では、メーカーと消費者は明確に領域を分けられている。しかし、ハーレーダビッドソンの愛好者は、消費者からユーザー、そしてオリジナルにカスタマイズすることからプロシューマーへと変化した。その点から考えると、アメリカのバイク乗りたちのガレージは、ただの車庫や倉庫ではなく、日本で言う町工場に近かったのだと思う。

 森山氏は、こうしたハーレーダビッドソンとユーザーの関係性をあらためて解説した上で、これからの日本ではアートとモノづくりの間に、町工場よりももっとミクロで自由なモノづくりの場が生まれるだろうと見ている。名和晃平氏の工房で学生インターンや海外からレジデンスプログラムで訪れるアーティストで常時賑わう「SANDWICH」や、開かれた市民の工房を町の中に作るFabLabのように設備と体験、作品をシェアできる場所も、自由なモノづくりの場になりつつある。

05 ユーザーとの共創によってブランドをつないできたハーレーダビッドソン

 森山氏と話して感じたことは、現段階のデジタルファブリケーションが量産から置き換わるわけではないが、選択肢の1つとして選べるようになることが大事だということだ。まず、デジタルファブリケーションの技術や方法よりも、それで何ができるかを情報として共有していくことが必要だ。

 衣服が、制服かオーダーメイドかしかなかったら、と考えると分かりやすいだろう。いまでは上下それぞれ好きなものを買ってきて衣服のコーディネートを楽しむことができる。また、知識がなくても技術をコーディネートしてモジュールを組み合わせる自作PCといった文化もある。筐体から回路図まで設計するような本職のモノづくりではなく、機械や装置をファッションアイテムのように組み合わせる趣味や個人のレベルに届いているのだ。

 専門知識は教えてもらい、技術はモジュールで買ってきて作った体験と作品をシェアする。そうしたモノづくりの楽しみが趣味レベルで共有されるようになった。会場ではパネルディスカッションやワークショップを開催し、ソーシャルメディアではその情報発信をすることで、その場にいた人だけではなく、興味のある人々に体験の共有をもたらした。この交流を発展させ、展覧会を発生源として生まれた視座を共有し、ディスカッションしていく共創の場を持ち続けることが森山氏の目標だ。

06 PCを持ち寄った会期中のワークショップの風景

 今回は京都に工房 SANDWICHを構える名和晃平氏と、出身校の京都市立芸術大学と、京都が舞台となった。そのほかの地域や関東においても、美術大学を中心としてモノづくりとアートが融合する場が次々と生まれている。東京都では府中市美術館の公開制作室にデジタル工作機器を設置した実験工房「ハイブリッドアートラボ」があった。

 必ずしもプロ並みの技術や知識、そして設備を必要としない現代のオープンソースなモノづくりには、本家や聖地といった標準点も不要だ。同時多発的に、どこでも誰でも、自由に取り組むことができる。好きな書店があるように、そこに行けば新しい物語があり交流がある、そんなお気に入りの工房を誰もが持つようになるかもしれない。工房は美術館の中でも、大学でも、企業でもどこでもいい。図書館や書店、喫茶店のマガジンラックと本を選ぶ場所に選択肢があるように、モノづくりとの出会いの場がこれから増えていくだろう。

関連リンク:
SANDWICH
京都市立芸術大学

Profile

神田 沙織(かんだ さおり)

1985年生まれ。ケイズデザインラボ プロジェクトマネージャー。オンライン3DプリントサービスINTER-CULTUREを経て現職。3Dデータ技術を用いたスモールチームによるデザインプロジェクトのマネジメントの他、3Dスキャナ、触感デバイスFreeForm、3Dプリンタなど3Dエンジニアリングツールのコーディネートを手掛ける。

「カワイイものも、かっこいい技術でつくられていること」を世の中に知らせるべく、「ものづくり系女子」「CAD48」リーダーとして活動中(CAD48はメンバー募集中)。夢は工場を建てること。Twitter @mousse_idesで毎日ものづくり系女子トーク展開中。

Facebookページ:ものづくり系女子



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