小さなダンサーたちが輪になって踊るアート。Perfumeのステージ映像などを手掛けるアーティストらが3次元技術を使って生み出した作品だ。
日本のモノづくり現場は技術と人材であふれている。「その力で何を作ればいいのか」。答えは必ずしもメーカーにおける製品の量産だけではない。クリエイターの作品を一点モノで作る、そんな一風変わったモノづくりがあちらこちらで始まっている。
この連載では、これまでモノづくり業界では当たり前だった技術、3次元データにまつわる技術が、アート(芸術)という分野でいかに驚きを持って迎えられているかを紹介したい。消費者としてではなく共感者として素直に技術に感動し、素材を料理するかのようにモノづくりとアートをつなぐアーティストたちの取り組みをご覧いただければと思う。「安定供給で物を作ってこそ」という製造業では、良くも悪くも品質は良くて当たり前だ。消費者も、品質を支える技術の1つ1つに「すごい」と感じることはない。モノづくりはそれでいい。最高の技術とは、“それを技術だと感じさせない”ものだ。
筆者は3次元ツール開発・サポートなどを事業とするケイズデザインラボにプロジェクトマネージャーとして勤める傍ら、「ものづくり系女子」として製造業を応援する活動を行っている。「カワイイ物も、かっこいい技術で作られていることを知らせたい」という世の中に対する思いから始めた活動だ。「モノづくり業界にも女子はいる!」とアピールすることでモノづくり業界を盛り上げていきたいとも思っている。
前職では3年間、産業用の3次元プリンタである光造形・粉末造形試作サービスの会社に営業として籍を置いていた。現在はメーカーとデザイナーをつなぎながらファシリテータとしてデザインプロジェクトを仕切り、3次元スキャナや触感デバイス「FreeForm」、3次元プリンタなどの3次元ツールも取り扱っている。
3次元スキャンサービスの仕事では思いのほか、CMや映画などのCG制作用の依頼があり、製造業から少しはみ出した分野での仕事も多い。そうした業務の中で感じる、モノづくりとアートの新しい関係性を紹介していきたい。
ここは青山のスパイラル――表参道駅近くのファッションブランドの路面店に囲まれた、アートの展示会場としてはおなじみの場所だ。2011年7月28〜30日という、東京アートフェアと日程を同じくしたその展示会は、スパイラルの場所にふさわしくアート作品が集められているようにも見えるが、実は違う。科学未来館のようにさまざまな技術に溢れ、アーティストたちが料理した素材が主役となった、実に“モノづくりな”展示会だ。主催は素材を提供する三菱ケミカル社で、ギャラリーではない。各作品のキャプションには素材のクレジットがあり、蓄光顔料、光ファイバー、シュリンクフィルムや導電アクリル短繊維、カーボンファイバーなどがときにさり気なく、ある作品では大胆に使用されていることが分かる。
「16-forms」という現代のモノづくりで培われた3次元データ技術が活用されている作品(以下写真)を紹介しよう。制作にあたり、3次元データの入力、編集、出力という工程が含まれている。
展示会初日のレセプションでも紹介され、注目を集めた眞鍋大度+石橋素両氏による作品である。
レコードのターンテーブルの上に立体の人形が並ぶ。ターンテーブルが回ると立体アニメのゾートロープ(回転のぞき絵)として連続性のある動きに見える。電子音に乗せて回転するターンテーブルのそばには産業用のアームロボット。工場の生産設備として働いているはずのその機械が、ターンテーブルの人形にLEDライトを照射するために精緻に制御されるさまは不思議なアンバランスさを醸し出す。16体の人形は見れば見るほどリアルな形状をしており、アクロバティックなダンスの一瞬を切り取っている。
3次元スキャン/プリントした16体の踊る人形を、ロボットアームの先に付けたLEDで映し出すインスタレーション作品(アーティストの意図で物体や装置などを配置することで生まれる空間を作品とする)。同じフォームでもLEDの点滅パターンや照射の角度を変化させることで、さまざまな表情を見られる。
3次元プリンタで出力された人形は、全身タイプの3次元スキャナ(詳しくは後述)でダンサーの一瞬の躍動を写し取って作られたものだ。LEDライトが当たると、人形たちがスポットライトを浴びたダンサーさながらに踊り出す。
人間の動きを3次元データで切り取り、3次元プリンタ出力でコラージュしてゾートロープの仕組みで動かす。かつて、実際にあるものを3次元データ化することは、医療でいえば“大掛かりな外科手術”のようなものであった。それが、現在は日帰り手術のように負担も少なく、手間も省かれている。3次元スキャナも「野外使用OK」など使用条件がさほど厳しくなく、ハンディタイプのものや高速タイプのものなど用途別にバリエーションが豊富になっている。まるでリバースエンジニアリングのような一連の工程は一見大掛かりだが、実はそれぞれのサービスを利用して組み合わせることで生み出されている。いわば「技術のリミックス」、これが最先端の現代アートといえる。
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