大手メーカーを退職して、自分がメーカーになるマイクロモノづくり〜町工場の最終製品開発〜(7)(2/3 ページ)

» 2011年03月07日 11時00分 公開
[三木 康司/enmono,@IT MONOist]
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平板スピーカーとの出会い

 このRSSをきっかけに、大和氏はローランドの社内で、スピーカーの再生音に関するスペシャリストとしてさまざまな製品にかかわっていきます。そして2001年の秋、ローランドと同じ浜松市にあったベンチャー企業 プロトロ社の発明した「平板スピーカー」に出会い、その後、同氏自身の大きなテーマになっていきます。

 プロトロ社が発明した平板スピーカーは当時かなり注目を集め、各種のベンチャーの技術賞を受賞していました。

 このプロトロ社が作ったスピーカーのサンプルが、大和氏の元に回ってきたとき、実際に音を聴いてみたところ、そのときは素直に、「昔考えていたスピーカーに近いものが実現している!」という感想を持ったとのこと。この平板スピーカーには良いところがたくさんあったのですが、その当時は音としての完成度が十分ではありませんでした。しかし実際、改良のアイデアがいろいろと頭を駆け巡るような、想像力をかきたてる製品だと思ったといいます。

 ほかのエンジニアは、このプロトロ式の平板スピーカーを前方から聴いて評価をしていました。ところが大和氏は、耳の後ろ側に付けて音を聴いてみたのです。そうしたところ、非常に自然な感じの音場として聴こえたので、「これは行けるかもしれない」と感じたとのことです。特に大和氏が担当していたRSSと組み合わせることで、非常に自然な音になりました。これは大きな発見でした

 ヘッドホンなどで音を聴くと、音が頭の中に定位してしまう故に、自然な音に聴こえないため、通常はさまざまなメーカーがヘッドホンの音を「前に定位させる」という取り組みを行っていました。

 一方、大和氏はヘッドホンという“耳たぶを覆い隠す構造”では自然な音の実現が難しいと考えました。そして、この平板スピーカーが、その役に立つかもしれないと考えたのです。RSSの作り出す音は、つまりバイノーラルサウンドで、ダミーヘッドマイクで収録した自然音と同じ形式になります。

 大和氏は平板スピーカーとRSSの組み合わせの発見をベースに、この平板スピーカーが、バイノーラルサウンドの前方定位を改善することができると確信し、いまもその考えを強く抱いているとのことです。

ライト・イア社とマイクロモノづくり

 その後、平板スピーカーの可能性を信じ、よりクリエイティブな活動を目指して次のステップへ進んだ大和氏は、世の中の音をもっと良くしようというミッションを掲げて、2007年6月にライト・イア合同会社を立ち上げました。

 プロトロ社がスピーカーユニットの利点を説明し機器に組み込むパーツとしての販売促進に力を入れていたのに対し、ライト・イア社は応用事例を示し、問題点解決の1つの「解」として具体的製品事例を持って普及啓蒙活動をする方向で進みました。それぞれの用途に特化した試作品を自ら工作して、自らそれを使用して見せることをしながら、「良い音が存在すること」を周囲に伝えて回りました。

 そして大和氏は、誰でも買えて、平板スピーカーを評価できるように、市販製品を開発しようと考えました。平板スピーカーの良さを最大限に発揮するように音にこだわって、パーソナルスピーカーシステム「EW-Series」という製品を開発し、発売しました。その際には、自分が「大きなセットメーカーのつもり」であるように意識したとのことです。

 音はとても評価が高かったのですが、当然、販売チャンネルの開拓にも宣伝にも費用が掛かり、価格もそれなりに設定したからか、期待どおりには売れませんでした。

 そこで平板スピーカーの良さを損なわずに、どこまで割り切ってシンプルに、かつ買える価格にするか、ということを考えぬいた末に、たどり着いたのが、「ブックスピーカー(Book Speaker)」でした。

ALT ブックスピーカーに内蔵されている大和さん自らが開発した平板スピーカーユニット 上部
ALT ブックスピーカーに内蔵されているプロトロ社が発明しライト・イアが開発した平板スピーカーユニット 横:薄さ5mm。 日本の中小製造業が生み出した素晴らしい技術といえます

 まず、A5の写真アルバムを買ってきて表紙を切り抜き、スピーカーユニットをはめ込んで、ブックスピーカーの試作を作りました。限りなくシンプルな構成を考えていた大和氏は、「iPodのイヤホン端子に接続でき、かつ持ち運びがしやすいもの」を考えたのです。

 何種類か試作したものを自分でも使ってみたうえ、さらに2種類に絞り込みました。さらに、何かの集まりや名刺交換会など、さまざまな場面で、多くの人にその試作品を見せて回りました。

 大和氏が一番気になっていた音の大きさについては、やはり「小さい」という人もいましたが、大多数は「これで十分」という反応を得たことで、さらに自信を強め、具体的な製品の設計へ進めることを決め、そのまとめ方を考えていました。

ALT ブックスピーカー BS-200 の内部。薄くしても強度が出るブビンガ材のフレームに取り付けられたスピーカーユニット。細部へのこだわりや、ハンドメイドっぽさが漂う

 革でカバーを作ったものと、木製フレームを露出させ蝶番の付いた開閉可能なものとを作り、周囲の人に見せて回ったところ、後者(木製)が好評だったとのことです。しかし大和氏は、木製の物は飾りとしても美しいため、棚に置かれてリスナーから遠くなってしまい、結果として「音が小さい」という評価になりそうだ……と考えて、あえて木製はやめて、革カバーの物だけに絞りました。

 当然、「アンプを内蔵した方がいい」などの意見も出ました。後で余裕ができたときにiPodとスピーカーの間に挿入できるアンプを開発するとして、ひとまずは、「アンプが内蔵されていないので、電池や電源が不要」というメリットをユーザーにアピールすることにしたのです。実際、その方が使用するときに気が楽で、ストレスにならないことも確信していました。

 そうこうしているうちに、いよいよブックスピーカーの製品化が具体化してきました。

 試作の革カバーについて、製作経験がまったくなかった大和氏は、革材料のお店に通って見よう見まねで試作を作り、それをもって縫製してくれそうなところを探していました。

 「極小企業の開き直りではありませんが、このような開発過程をさらけ出そうと、ブックスピーカー専用のブログを作り試作や開発過程をどんどん公開して、少しでも多くの人に知ってもらうようにしました。また試作の写真を見てコメントをくれる人も多くて励みになりました」と大和氏。

 スピーカーユニットもブックスピーカー用に何度も試作を繰り返して仕上げ、ユニットの量産も開始しました。そうはいっても、最初の生産数は、ユニット100個、つまりブックスピーカー50台分。前評判は良くても、実際に売れるかどうかはやってみなければ分からない、と慎重にことを進めた大和氏ですが、「完成しました。もうすぐ発売します」と告知した途端、多くの反応があったのには驚いたといいます。

 大和氏は、「実際に売り物を作らなければ、反応は分からない」ということを一番に実感したとのことです。

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