続く基調講演では、リコー 代表取締役社長執行役員 近藤 史朗氏による「イノベーションへの挑戦―新たな顧客価値の創造を目指して」をテーマとした講演が行われた。
近藤氏は、リコーにおける「ものコト」づくりを目指したプロセス改革への取り組みや、サスティナビリティに配慮した同社の経営のあり方を披露した。
リコーは、2010年3月時点の売り上げ比率(連結)において、日本国内の売り上げが43.5%、日本以外の地域が56.5%となっており、その意味でグローバル化先進企業といえる。特に機動的なM&A戦略に基づいた販社ネットワークとサポート体制を強みとする。販売のほとんどを直販が占めており、顧客の顔が見える販売・サービス体制も評価されているようだ。近年では先進的な環境経営の取り組みが高く評価されている(注3)。
もともと技術者である近藤氏は技術経営の理論にも精通しており、マイケル・ポーターが示した「ポジショニングアプローチ」(コストリーダーシップ戦略、差別化戦略、集中化戦略に代表される競争戦略)をいち早く実践、その活動の一部成果は企業戦略研究の対象にもなっている(注4)。
注3:リコー 地域別売上比率については平成21年度決算説明会 当日配布資料「連結経営指標推移」を参照。環境経営については同社コーポレートサイト内「リコーグループの環境経営」で詳細が示されている。
注4:石倉洋子著「ビジネス・ケース(44)リコー:デジタル複写機への転換」『一橋ビジネスレビュー』2005年冬号、東洋経済、2005年12月
先進的な業務プロセス改革を主導してきた近藤氏が1990年代後半、新たに直面した課題は、市場拡大と開発製品多角化による開発リソースの枯渇だった。リソース不足により開発が「モグラたたき」化するケースが増え、取りあえず試作していかなければモグラたたきができないという状況に陥ったため、効率のよい開発プロセスの構築が急務となったのだという。
このとき、近藤氏が考慮したのは、「プラットフォーム戦略」「DMU(デジタルモックアップ)」「品質工学の導入」の3点と、開発プロジェクトマネジメントプロセスの改革だ。「自動車業界はいち早くこうした取り組みを行っていたので、自動車メーカーの事例を参照し、IBMの持つプロジェクトマネジメントのメソッドを取り入れた」という。アンドレイ・ハギウ氏らが提唱するプラットフォーム戦略、デジタルモックアップ活用による開発のフロントローディング化・高度化、タグチメソッドとして知られる品質工学を活用した設計開発品質の向上を図ることはもちろん、プロジェクトそのもののプロセスの見直しも同時に実行したのだという。
開発プロセス見直しにおいては、IBMがハードウェア、ソフトウェアの開発に用いているマネジメントメソッドであるIPD(Integrated Product Development)をベースとした、新しいマネジメントプロセスを導入し、そのほかの改革と併せ、開発期間を32%、試作機作成数を65%削減することに成功している。
IPDとは、IBMが全世界で実施している製品開発体系のことを指す。詳細はここでは述べないが、その特徴は次のようなものだ。IPDではPMBOKのプロジェクトマネジメント手法をベースに、経営と開発を投資と請負い契約の関係としてとらえる。投資(経営)的観点からみると、構想から上市までの間に4つの意思決定ポイントを置く。意思決定はここでは「投資」ととらえることができる。この際、期待や憶測を排除し、明確なデータに基づく判断を行うことを必須とする。開発は「請け負い」契約という概念を利用することで、それぞれの責任を明確化する。また、プロジェクトチームは経営者チーム、開発者チームを組織横断的メンバーで構成し、迅速かつ正確な意思決定を促す。予算もプロジェクト単位で検討する……、といった特徴を持つマネジメント手法だ(注5)。
こうした業務プロセスや組織体の改革が進み、プロジェクトごとの組織と役割分担が明確化したことで、前述の製品開発の効率化だけでなく、組織横断的なプロジェクトチームも「例えば、M&A事案が持ち上がれば、1週間で必要な部署から必要な人員を集め、実際のプロジェクトチームを動かすことができる」体制が実現したという。
ビジネスプロセス改革で一定の成果を得た同社の次の課題は、各地の販社や拠点での均一サービス提供能力の強化やM&A実施後のシナジー効果など、企業ガバナンス強化だという。同社では組織の地盤強化、ブランド力強化といったグローバル企業としての次の一歩に踏み出しつつあるようだ。
注5:IPDの詳細については、日本IBM IPD研究チーム著『IPD革命』(工業調査会、2003年)、除村 健俊著「IBMの製品開発体系IPDにおけるプロジェクトの考え方」『プロジェクトマネジメント学会誌』8(1)、2006年2月、p.34-37)を参照。
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