では、よりシンプルなモデルで、先ほどの「肉厚の薄さ」問題を検討します。
図Dの厚さ2.0mmのシンプルな薄板のモデルで充填(じゅうてん)解析してみます。
薄板にはベースより薄いへこみがあり、そこの厚さが0.4、0.8、1.2、1.6mmという4種を用意しました。結果を見ると、「薄肉部の厚みの違い」で樹脂の流れやすさが大きく変わることが分かります。へこみ部の肉厚1.6、1.2mmはほぼ均等に充填されていますが、0.8、0.4mmと薄くなるほど遅れていきます。なぜこうなるのか、先ほどの流動層および固化層の特性を踏まえて説明しましょう。
へこみ部に入った熱い樹脂は、その厚みの違いに関係なく同じ厚さの固化層を作ります。仮にこれが0.1mmなら、1.6mmのへこみ部の流動層は1.4mmです。しかし0.4mm厚のへこみ部の流動層は0.2mm。そして、流動層が薄いと樹脂を充填するためにより大きな圧力を掛ける必要があります。樹脂製品の設計者は、肉厚の違いが樹脂の流れを大きく左右することを理解しなければなりません。
さて、最後はいよいよ「なぜゲートに近い位置に充填遅れが発生したのか」という謎解きです。
この謎をシンプルに再現してみましょう。2枚のリブを付けた薄板のモデルを2種用意しました(図E)。
左端にゲートがあり、ベースの厚みはともに2.0mmですが、リブの厚みが違います。E1のリブは2枚とも0.4mm。E2は0.8mm。充填の過程を見ると、E2は手前のリブも奥のリブも充填されていますが、E1はゲートに近いリブに樹脂が入ってない部分(透明部分)ができています。ショートショットです。このショートショットはゲートに近いリブに発生しています。では、なぜこれが起こったのか? よく見るとショートショットの空洞の付け根部分に少し樹脂が入っています。この周辺のベース部に樹脂が流れてきたとき、リブにも流れ込んだのです。しかし、同じ圧力では樹脂はより厚さがある方へ進むので、薄肉のリブ部にはそれ以上なかなか充填されません。そうするうち少し入っていた樹脂が固まってしまいました。そうなるといくら圧力を掛けても充填できず、ショートショットが発生します。
もちろん奥のリブの場合も樹脂はより厚いベース方向に流れますが、ベースはすぐ終点に達して充填完了し、リブ部の根元の樹脂に圧力が掛かり充填が再開します。しかしゲートに近いリブでは、圧力が掛かるまでの時間差が大きく、根元の樹脂の固化が進んでしまい、充填遅れやショートショットが発生する。これがいわゆる「ためらい現象(ヘジテーション)」です。その原因は、温度分布の解析結果F1、F2を見るとはっきりします。F1の手前のリブに少し入っている樹脂温度は145度で、初期温度の245度から100度も低下しています(図F)。
樹脂をきれいに流すには温度を±15度程度にコントロールする必要があり、これに失敗すると、ためらい現象などさまざまな問題が発生するのです。
では、以上を踏まえ、冒頭のステープラーの不具合対策を考えます。問題は肉厚とゲート位置と分かったので、肉厚を変えた対策モデル(G1)とゲート位置を変えた(G2)の2種を用意します。
G1はリブを0.4mmから0.8mmに、薄肉部も0.7mmから1.0mmに厚くし、G2はゲート位置をキャビティ後端へ移動しました。解析結果を見ると、双方とも当初あった樹脂流れのためらい現象が大きく改善されていると分かります。これなら充填速度を速くして、狭い成形条件で成形を進める必要がなくなり、より幅の広い成形条件で整形が可能になります。まさに「成形性を考慮した設計」の実現です。
動画B 樹脂流動のシミュレーション(ゲート位置を変更)
このように「成形性を考慮した設計」は、いかにスムーズに樹脂を流すかであり、それにはゲート位置と肉厚が大きく影響します。特に肉厚については、形状的に仕方ない場合を除き、可能な限り肉厚差をなくした部品形状を設計することを基本とすべきでしょう。
――こうしたことを設計段階で検討し、見極められるのは設計者です。製造の最上流にいる設計者が「その製品が成り立つか成り立たないか」検討すべきなのです(次回へ続く)。
執筆・構成:柳井 完司(やない かんじ)
1958年生まれ。コピーライター、ライター。建築・製造系のCAD、CG関連の記事を中心に執筆する(雑誌『建築知識』『My home+』(ともにエクスナレッジ社)など)。
監修・資料提供:オートデスク マーケティング 笹谷 一志(ささや かずし)
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