同社では部門間の垣根を取り払って、製造と営業、技術が一体となった営業活動を推進していきました。また、管理職が日常的に情報交換することを推奨していきます。
具体的なところだと、かつて同社には、
班長、主任、係長代理、係長、課長代理、課長……
などなど部長および役員以下に10以上の役職があったそうです。
そのため一体、誰に何を報告すればいいのか、誰が何をするべきなのか、皆目見当がつかないこともあったそうです。いまでは管理職をチームリーダー、グループリーダー、マネージャーの3つに集約することで、組織の風通しを良くするなどの工夫を行っています。
1994年には現専務が米国オハイオ州立大学の工学研究センターの修士課程を修了して、同社に入社します。現会長の方針からもともと、同社は積極的に外の世界に目を向ける気風があったといいます。専務の留学もそうした気風を端的に表すエピソードの1つでしょう。専務が入社したことをきっかけに同社では塑(そ)性加工学会や型技術者会議といった学会へ積極的に参加したり、「DEFORM」といったCAE(Computer Aided Engineering:コンピュータによる解析およびシミュレーション)のソフトウェアを社内に取り入れていったりしています。
そんな中、専務はオハイオ州立大学で同じ研究室の博士課程の学生だった韓国人の方を自社に誘います。その方の入社をきっかけにして、ヤマナカゴーキンでは「日本人、外国人の区別なく良い人材を採用する」といった施策を取っていくのです。
あるとき、同社の営業所に、主力受注先の自動車企業の1つから自動車部品の鍛造用金型が発注されました。通常、同社の金型の納期は短くても2カ月間です。しかし、その金型はたった1カ月間という超短納期の希望でした。また、通常の金型は±1ミクロン(μm)単位の精度要求だったのですが、その金型はその2倍以上の精度が要求されていました。それまでだったら、「そんなものはやる必要ない」と断っていたかもしれません。
しかし、東京工場では、
「やってみよう!!」
とその金型の製作に傾注します。いままで経験したことがない精度要求だったため、1カ月間何度も試行錯誤しながらその金型を製作していきました。いくつもの金型が要求精度を満たせなかったり、熱処理の段階でわずかに変形してしまったりすることで無駄になっていったとのことです。しかし、東京工場では持てる技術を必死に結集させることで、要求精度をクリアする超精密鍛造用金型を製作することに何とか成功しました。
その金型こそが、
「ハイブリッド車」のための「超精密鍛造用金型」
だったのです。
ただし、同社が製作した金型は精度要求こそ満たしていたものの耐久性は低く、数回の使用ですぐに損傷し、割れてしまったとのことです。
その際、CAEのスペシャリストとして当該金型の長寿命化に取り組まれたのが、技術部の韓国人技術者のA氏でした。彼は韓国科学技術院(Korea Advanced Institute of Science and technology)で博士号を取得されたほどの方です。同氏は博士号を取得された後、ある塑性加工関連の学会で、専務と出会いました。前述したように、同社では学会に技術者を派遣し、学会報告や論文投稿を積極的に行っています。もともと、A氏は塑性加工関連の解析を専門とされていたため、ヤマナカゴーキンに興味を持ち、入社に至ったのです。
A氏はCAEを駆使することで当該金型の問題を突き止め、その長寿命化に成功しました。これにより、同社は量産に対応できるハイブリッド車用の超精密鍛造用金型を供給できるようになったのです。まさに、日本の生命線の1つとでもいうべき次世代自動車産業を支える企業として存立し始めたといえるでしょう。
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