2008年8月27日、神奈川県産業技術センターにて「電気自動車(以下、EV:Electric Vehicle)用リチウムイオン電池研究会フォーラム」が開催され、神奈川県に開発拠点を置く日産自動車らと共同でリチウムイオン電池の研究を行う現場開発者や研究者による講演が行われた。本稿では当日の講演内容を基に、次世代自動車に搭載される電池開発の現状をお伝えしたい。
EV車搭載用の電池としては現在ニッケル水素電池が実用化されている。パワー密度や電力効率、軽量化を考えた場合、本来ならば優位性が高いリチウムイオン電池の搭載が望まれるところだが、環境への負荷や安全性の面で難点があるために実用化へ至っておらず、電機、自動車メーカー各社は開発を進めている。
下の表は、各自動車メーカーおよび電機メーカーのリチウムイオン電池開発の状況をまとめたものである。ご覧のように、各社は2010年をめどにリチウムイオン電池搭載のEV車を市場導入するとしているが、当面は安全性の確保されたニッケル水素電池搭載車が主流となりそうだ。
自動車メーカー | 調達先 | 状況 |
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トヨタ自動車 | PEVE(トヨタ、松下電器産業の合弁会社) | 2010年発売HEV車(注)に搭載予定 |
日産自動車 | AESC(日産、NEC、NECトーキンの合弁会社) | 2010年発売EV車に搭載予定 |
ホンダ(本田技研工業) | 三洋電機、松下電器産業など複数メーカー | 3年以内に実用化予定 |
三菱自動車 | リチウムエナジージャパン(GSユアサ、三菱商事、三菱自動車の合併会社) | 2009年夏に実用化予定 |
スバル(富士重工業) | 日産自動車 | 東京電力と共同で試作EV車を開発 |
VW(フォルクスワーゲン) | 三洋電機 | 2010年実用化予定 |
ダイムラー | コンチネンタルとエナックスの共同開発 | 2009年発売HEV車に搭載予定 |
GM(米ゼネラルモーターズ) | 日立ビークルエナジー(日立製作所、新神戸電機、日立マクセルの合弁会社) | 2010年発売HEV車に搭載予定 |
電池販売メーカー | 事業 |
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三洋電機 | 2006年3月、車載用リチウムイオン電池の試作ラインを導入 |
東芝 | 2007年12月、車載用を視野に入れたリチウムイオン電池「SCiB」事業立ち上げ |
エナックス | 2006年9月、リチウムイオン電池事業化に向け村田製作所と業務提携 |
ボッシュ(独メーカー) | 2008年9月、SB LiMotive(ボッシュとサムスンSDの合併会社、本社韓国)を設立予定 |
そんな折、日産自動車とNEC、NECトーキンの合併会社であるAESC(オートモーティブエナジーサプライ)は、安全性やコスト面での課題を解決したリチウムイオン電池を発表した。
マンガン酸リチウムをベースにニッケルを混ぜた正極材料とハードカーボンの負極材料を組み合わせたAESC製のリチウムイオン電池は、2010年度日産自動車から発売予定のEV車(日米で発売)に搭載される。
フォーラムでは、AESC開発部エグゼクティブチーフエンジニアの内海和明氏が同社のリチウムイオン電池開発状況について講演を行った。
“電池の性能や安全性は材料に左右されるといっても過言ではない”内海氏はこう述べ、一言でリチウムイオン電池といえども、構成材料によりその性能はずいぶん異なることを強調した。
構造式 | マンガン酸リチウム(LiMn2O4) | コバルト酸リチウム(LiCoO2) | ニッケル酸リチウム(LiNiO2) |
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結晶構造 | スピネル構造 | 層状構造 | 層状構造 |
セル電圧(V) | 3.8 | 3.7 | 3.5 |
セル容量(Ah/kg)[理論値/実行値] | 148/110 | 274/153 | 274/195 |
熱分解温度(℃) | 355 | 255 | 180 |
主要構成材料コスト($/kg) | 2 | 80 | 30 |
可採埋蔵量(M ton) | 430 | 7 | 62 |
過充電に対する安定性 | 安定 | 不安定 | 不安定 |
スピネル構造のマンガン酸リチウム正極材料は、埋蔵量、材料コスト、熱分解温度、過充電特性などでコバルト酸リチウム、ニッケル酸リチウム正極材料に比べ優れている。 |
リチウムイオン電池は、イオンが動くことでエネルギーをためる機構。電圧が非常に高く取れることから、エネルギーを多くためられるというのが特徴である。従来のニッケル水素電池や鉛電池と異なり、被水電解液を使用している。
AESCが採用したスピネル構造のマンガン酸リチウムは、ニッケルやコバルトに比べ理論容量値が低いのが難点だが、資源が豊富で環境への影響も少なく、
などのメリットがあるという。
EV車用電池の正極材料としてマンガン酸リチウムが適している理由として内海氏は“結晶構造が安定している”“抵抗値が低い”という2つの特徴を挙げた。
コバルト酸リチウムやニッケル酸リチウムは、コバルトあるいはニッケルの層とリチウムの層が層状になっており、充電するとリチウムが抜け、負極へとリチウムが移動する。しかし、リチウムイオンがコバルトあるいはニッケルの層を支える構造になっているため、リチウムは過充電をすると結晶構造が崩れて一気に発熱が起こり、かつ酸素が出てくる熱暴走という危険な状態になる。
一方、スピネル構造のマンガン酸リチウムは、マンガンとマンガンの層の間に柱が立ったような構造になっているため、リチウムをすべて引き抜いても、構造は変化しない。従って構造的にも熱的にも安定であり、大きな電気容量をためるEV車用として、この構造が適しているという。
(内海氏の発表資料を基に作成)
さらに、マンガンスピネル正極材料は電子伝導性に優れているため抵抗値が低く、コバルト酸リチウムやニッケル酸リチウムと比べ高い出力密度を示すという。
マンガン酸リチウムはこれまで、保存特性やサイクル特性の悪さ、容量の低さから長年使用する自動車用電池に採用するのは難しいとされていた。AESCは、容量が劣化する原因が電池中わずかに含まれる水と電解液の反応で発生するフッ酸にあると解明(注)。フッ酸発生によるマンガンの流出を補捉剤(フロトンを利用)を加えることで解決した。
注:空気中には水があり、原材料の中にも水が含まれている。水が電解液と反応するとフッ酸が発生し、フッ酸自身はマンガンを溶かしたり、さらに電解液を分解させ、水を生成する。このサイクルにより電池容量が減少してしまう。
「プロトンでフッ酸を補捉させることで、反応全体がストップすることがはっきりしてきました。満充電の状態で温度を60度に保持したときの容量の劣化率が、純粋なマンガンスピネルだけだと8週間で約70%になるところが、80%以上残ったというデータが得られました」(内海氏)
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