安定点は、エネルギーポテンシャルのU字谷の底や丸い丘の頂上みたいなところである。普通は、物体が外乱によってちょっと動いても、安定点近傍のエネルギー変化量が小さいので、容易に位置制御できる。ところが、機械はガタ、摩擦、横風、偏荷重、油切れなどがツキモノだから、安定点で一度止まると再び元のように動き始めるのは大変である。ポテンシャル場でいえば、安定点の回りに外輪山ができるのと同じで、それを越えると向こうは崖である。
例えば、動く機械は一度エンジンを止めると機械が冷えて油切れするので、いつも暖気運転していた方がよい。安定点に居座り続けることを避けて、始終チョコチョコ細かく動いて、動的に安定点の回りをうろつくことが肝要である。
図3は筆者の研究室の博士課程のN君が作っているアトムチップである。物理工学科のK先生と共同研究しているのだが、レーザー冷却したストロンチウムの原子は、ポテトチップ状の電場のポテンシャルの鞍部にうろついている。しかし、やがてポテンシャルの坂を転がり始める。でも直後に、4つの電極で作る電場をクルッと90度回転させてしまうのである。
ポテンシャルの下り坂と思いきや、瞬時に登り坂であることに気付いた原子は、再び安定点に転がり落ちるのである。このように、電場を20kHzくらいで回転させると、数ミリ秒間、原子はそこにとどまった。まるで唐傘を回しながら、その上で升を回す曲芸のようである。升は一点にとどまって見える。
安定点に静的に原子を固定するのでなく、安定点を中心にポテンシャル場を回して動的に原子を固定している。電場でもうまくいくならば、磁場でもできるはずであり、実際に制御方法がいくつか提案されている。問題はその電極や磁極が正確に作れるか否かであって、そうなると筆者らのような機械屋さんの出番になる。加工誤差が100nmと大きくなると骨の折れた唐傘を回すことになり、原子は飛散してしまう。
さて冒頭で述べたメカトロニクス演習であるが、筆者が大学に転職して担当になってから16年間、毎年のように運営方法を変えた。
図4に示すように、一昨年は広い演習場所に引っ越ししたし、昨年はソフトウェアの復習講義を加えた。学生も楽しく学べたと評価しているのだから「そんなに変えるな」と同僚にいつも文句をいわれる。安定点にとどまるのは楽である。
ところが3年間も変えないと、あっという間に教員にマンネリ感がまん延して、演習の場に怠惰な雰囲気が生じる。教員だって演習時に、「それは自分でも考えなかった」と驚くような新しく面白い作品を欲しているのである。しかし、情報化社会では、先輩の優秀作品の映像や失敗談が後輩に伝わり、後輩は最適解をいきなり作るようになる。完成度は高まるが、独創性は低くなり、活気も失われる。
どんなに繁栄した組織でも、そこでおごり、マンネリ、怠惰、腐敗がたまってくると、外乱が生じたときにあっさりと滅亡する。歴史書を読めば実例がいくつも見つけられる。例えば、250年間も安定し続けた徳川幕府でさえ、黒船来航から約15年間で滅んでしまった。もちろん幕府でも軍隊や政体を変えようと最後の2年間で急展開したが、静摩擦が大き過ぎて薩長の動きについていけなかったのである。
どんなスポーツでも、試合中は、いつでも走り始めるように足を止めない方がよい。
どんな現場でも、マニュアルが不磨の大典になると、それに載っていない情況下で必ず大きな事故が起きる。 (次回に続く)
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