PCでの利用を前提に発展していたLinuxが組み込み機器に応用されるようになったのは、比較的最近の1999年からである。当時のLinuxは、i386、AlphaおよびSPARCといったPCまたはワークステーション向けのプロセッサがサポートされているだけだった。以降、さまざまなコントリビュータが、そのほかアーキテクチャのプロセッサにLinuxを移植してきた。
表3に、The Linux Kernel Archives(http://www.kernel.org/)で配布されているカーネル2.6.9(2004年11月現在の最新安定版)がサポートしているプロセッサアーキテクチャを示す。
CPU名 | 32bit(NOMMU) | 32bit(MMU) | 64bit |
---|---|---|---|
alpha | ○ | ||
arm | ○ | ||
arm26 | ○ | ||
cris | ○ | ||
h8300 | ○ | ||
i386 | ○ | ||
ia64 | ○ | ||
m32r | ○ | ○ | |
m68k | ○ | ||
m68knommu | ○ | ||
mips | ○ | ○ | |
parisc | ○ | ○ | |
ppc | ○ | ||
ppc64 | ○ | ||
s390 | ○ | ○ | |
sh | ○ | ○ | |
sh64 | ○ | ||
sparc | ○ | ||
sparc64 | ○ | ||
um | − | − | − |
v850 | ○ | ||
x86_64 | ○ | ||
表3 LinuxでサポートされているCPU |
また、2000年ごろまでには、MontaVista Software、Lynx Real-Time Systems(現在はLynuxWorks)、Lineo(後のEmbedix、Metrowerksに買収される)などの組み込みLinuxに特化したディストリビュータも台頭してきた。そして、Red Hat Linuxなど既存のディストリビューションから組み込み機器に不必要なモジュールを取り除くとともに、組み込み機器向けの機能拡張を施して各種評価ボードで動作確認されたカーネルソース、さまざまなプロセッサに対応したクロス開発ツール、そして開発をサポートする便利なツール群などを統合したソフトウェア開発キット(SDK)の販売を開始した。
そのほか、一部の組み込み機器に求められる高性能リアルタイム機能を独自に実装したRTLinuxなど、特徴ある製品も登場している。2004年11月時点で販売されている主要なディストリビューションを、表4に記す。
企業名 | 製品名 | 情報源 |
---|---|---|
MontaVista Software | MontaVista Linux | http://www.mvista.com/ |
TimeSys | TimeStorm Linux Development Suite | http://www.timesys.com/ |
LynuxWorks | BlueCat Linux | http://www.lynuxworks.com/ |
リネオソリューションズ | uLinux | http://www.lineo.co.jp/ |
アックス | axLinux | http://www.axe-inc.co.jp/ |
FSMLabs | RTLinux | http://www.fsmlabs.com/ |
表4 主要ディストリビューション |
組み込み機器の世界にも応用分野を広げてきたLinuxについては、以下のメリットがある。多くはPCで発展してきたLinuxシステムの長所を受け継いだものである。
オープンソースのメリットについては、さまざまな効用がうたわれているので詳細については割愛させていただくが、組み込みOSの観点では以下の2点が重要である。
ミドルウェア、アプリケーションの豊富さは、PCで開発された多くソフトウェアが低コストで再利用できる点が大きい。特に、ネットワーク、マルチメディア処理、最新機器に対応するソフトウェアは、従来の組み込みOSでは実装されるまでに時間がかかったり、調達に多くの費用が掛かるという問題がある。組み込みLinuxの場合、最新技術に対応したソフトウェアが短期間で開発されてカーネルまたはミドルウェアに取り込まれる。そして、これらは自由に利用できるものが多い。また、新たにソフトウェアを開発する場合も、PCまたはワークステーションでLinuxまたはUNIXライクなOSの開発に従事した経験のある技術者が、慣れ親しんだAPIや開発環境を用いて違和感なく取り組むことができる。技術者不足が懸念される組み込みシステム開発の現場で、Linux開発の経験者が広く登用できるのは魅力的である。
最後に費用的な観点では、製品搭載時のロイヤリティが不要で、製品価格を下げることができる点も、Linux採用の大きな一因となっている。
多くのメリットを持つ組み込みLinuxにも、克服しなければならない課題がある。これらの多くは、Linux自身がPCまたはワークステーション向けに設計された汎用OSであることに起因している。
組み込みLinuxの課題については、コミュニティ、ソフトウェアベンダおよび各種団体が改善に取り組んでいる。ここでは、団体での取り組みを中心に紹介する。
組み込みLinuxの課題解決に取り組んでいる主な団体を表5に示す。
団体名 | 設立 | 情報源 |
---|---|---|
Embedded Linux Consortium | 2000年3月 | http://www.embedded-linux.org/ |
日本エンベデッド・リナックス・ コンソーシアム |
2000年7月 | http://www.emblix.org/ |
Consumer Electronics Linux Forum | 2003年7月 | http://www.celinuxforum.org/ |
表5 各種コンソーシアム |
この中で最も早く設立されたのが、Embedded Linux Consortium(以下ELC)である。2000年3月に、米国のベンダが中心となって設立された。主な成果としては、組み込み機器に必要な機能を実現するための仕様を策定したことが挙げられる。同団体は、これらの仕様を「Embedded Linux Consortium Platform SPecification」(ELCPS)としてWebページで公開している。
日本国内では、ELCとほぼ同時期の2000年7月に、日本エンベデッド・リナックス・コンソーシアム(以下Emblix)が設立された。産学協同による組み込みLinuxの標準化とその普及推進が目的であり、専門小委員会での活動およびセミナーの開催による普及活動を行っている。
最近の最も大きな動向としては、CE Linux Forum(CELF)の設立がある。2003年7月に、ソニーや松下電器産業といった組み込みLinuxを実際に製品に利用するメーカーが中心となって旗揚げされた。2004年6月には、活動成果をまとめた CELF Specificationとリファレンス実装(2.4版カーネルがベース)がリリースされ、Webページで公開されている。現在は、単一の仕様に機能を統合するのではなく、各社が得意とする機能を得意なプラットフォーム向けに実装するパッチを「patch archive」と呼ばれる場所に集約する活動を進めている。この成果は、オープンソースとしてメンバー企業以外でも使用できる。
CELF設立の背景には、ソニーと松下の共同開発の経験がある。2002年末からデジタル家電分野でLinuxを搭載する開発を行ったところ、オープンソース部分の成果を中心に多くのメリットがあることが分かった。この経験を基に、Linuxの製品搭載に興味を抱く企業に広く賛同を求めて、フォーラムが形成されたのである。
組み込みLinuxの歴史はまだ浅く課題も多いが、その強みを生かした製品分野では、確実にシェアを拡大している。また、改良を目的としたさまざまな取り組みにより、適用分野自体もますます広がっていくことが期待される。
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