パナソニックグループの縦割り文化は「物理的」に打破できるのか:製造マネジメント メルマガ 編集後記

創業者の松下幸之助氏は1933年に、日本でもいち早く事業部制を導入しました。

» 2026年10月13日 12時00分 公開
[安藤照乃,MONOist]

 この記事は、2026年10月13日発行の「製造マネジメント メルマガ」に掲載されたMONOistの編集担当者による編集後記の転載です。

≫過去の「メルマガ編集後記」はこちら

 先日、パナソニックグループが京都府京田辺市に新設した「国内物流オペレーションズセンター関西第一拠点」の取材に行ってきました。同拠点は、関西エリアに点在していた老朽化倉庫を含む9つの拠点を1カ所に統合した物流拠点で、床面積約11万2000m2でB2B製品を中心に1万3000品番以上の商品を取り扱っています。

 前職も含めてこれまで数多くの物流倉庫に足を運んできましたが、国内で床面積10万2を超える施設は数えるほどしか見たことがありません。印象的だったのは、広いスペースのわりに稼働している人が少ないことです。移動棚エリアは15人程度で回し、GTPシャトル式自動倉庫も製品が作業員の手元に届くまで全自動で完結しています。「一部だけ自動化」という現場も少なくない中、大規模な自動化を成立させるには、相当な苦労があっただろうなと想像してしまいました。

 しかし、そもそもなぜ拠点が9つも分散していたのか、その背景にはパナソニックグループならではの組織体制の歴史があります。

京田辺拠点のエントランスに鎮座する同社ロゴ 京田辺拠点のエントランスに鎮座する同社ロゴ

「同じ会社にいても他事業部の生産体制はなかなか知る機会がない」

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

特別協賛PR
スポンサーからのお知らせPR
Pickup ContentsPR
Special SitePR
あなたにおすすめの記事PR