新しい価値を持つ製品開発では、要件定義の段階で議論が停滞しがちだ。本連載では、83Designが実践する「直感」と「論理」を使い分けるデザイン手法を紹介する。第1回は、具体像を用いたプロトタイピングによって、上流工程の膠着(こうちゃく)状態を突破する方法を取り上げる。
要件が決まらないから、先に進めない。
会議を重ねても、言葉だけが空回りして何も決まらない。
多くのモノづくりの現場で、企画や要件定義といった上流工程の停滞が起きています。特に、これまでにない新しい価値を持つ製品の開発において、この「分析まひ(考え続けるあまり意思決定できなくなる状態)」は深刻な問題です。
私たちは、工業デザインを核としながら戦略やエンジニアリングまでを一気通貫で支援する「デザインエンジニアリングスタジオ」として、数多くのプロジェクトに伴走してきました。その中で見えてきたのは、「正しい論理の積み上げ」と「適切なタイミングでの具体像の投入」がいかにプロジェクトの停滞を打ち破るか、という事実です。
本連載では、私たち83Design(ハチサンデザイン)が実践している、正解のない状況下で意思決定を着実に推し進めるための手法を紹介します。
企画の初期フェーズでよく目にするのは、「鶏と卵」のような身動きが取れないデッドロック状態です。
例えば、新しいウェアラブルデバイスの開発を想像してみてください。
設計/技術側:
必要な音圧やバッテリーの持続時間などの『性能要件』を厳密に定義してもらわないと、基板の大きさが確定せず、正確な製造コストを試算できない。
企画/ビジネス側:
製造コストの目安やターゲットとする売値(コスト枠)が決まらないと、どこまでぜいたくなスペックを盛り込んでよいのか、性能の足し算/引き算の判断が下せない。
これが、多くの開発現場が直面している「要件定義の迷路」です。お互いに「相手が情報を確定してくれないと、自分の作業に入れない」とけん制し合い、会議室では言葉だけがぐるぐると回り続けます。
では、なぜこのような迷路に陥るのでしょうか。
その最大の原因は、「誰のどんな用事(ジョブ)を解決するのか」という、ユーザー体験の定義がすっぽりと抜け落ちているからです。顧客が本当に価値を感じるポイントが合意されていないため、性能とコストという「数字の駆け引き」だけが先行し、着地点を見失ってしまうのです。
一方で、現場にはもう一つのワナが潜んでいます。それは、工数や納期へのプレッシャーから、こうした要件の検証を後回しにして、根拠が曖昧なまま「何となく良さそうな形」で突き進んでしまうことです。上流での丁寧な対話を省いてしまうと、量産間際になって「実はこのサイズでは熱設計が成立しない」「コストが全く合わない」といった、多大な損失を伴う致命的な大規模手戻りが発生するリスクを孕んでいます。
私たち83Designの役割は、単にきれいな絵を描くことではありません。むしろ、早く形にしたいと焦る現場の手綱を引き、Desirability(顧客の欲求/市場の受容性)、Viability(ビジネスの持続性/採算性)、Feasibility(技術的実現性)の3つのレンズから一つ一つの課題を愚直に洗い出し、プロジェクトを「着実に」ゴールへ向かって推し進めることです。
具体的には、「誰のどんなジョブを解決し、いくらなら払うのか」「ターゲット価格に対して製造コストや技術的制約に矛盾はないか」といった前提を言語化し、一つ一つ検証しながら確実な足場を築いていきます。この「事実と検証に基づく論理的な積み上げ」のプロセスを、私たちは社内で「STAIRS UP(階段を上る)」と呼んでいます。
仕様が明確に決まっている状態であれば、プロジェクトは一直線に進むように見えるかもしれません。
しかし、遠目(マクロ)で見ればゴールに向かって進んでいるように見えても、間近(ミクロ)で見れば、論理と直感を行き来する「非線形な反復」が幾度となく発生しています。論理を積み上げる過程で、あえて上流工程のうちに意図的な仮説検証のサイクルを回し、課題をつぶしておくこと――。これこそが、量産間際での大破綻を防ぎ、結果としてプロジェクトを確実に成功へ導くための方法なのです。
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