なぜ踏み台は突然壊れたのか――破損の謎をCAEで追うCAEで逆引きするトラブル診断の思考法(1)(2/3 ページ)

» 2026年05月13日 08時00分 公開

応力集中とは何か

 まず、今回の破損メカニズムを理解する鍵となる応力集中について整理しておく。

 応力とは、材料の内部に生じる単位面積当たりの力のことだ。部材に外力が加わったとき、その力は部材全体に分散して伝わるが、形状が急変する箇所――例えば角部、段差、穴の縁、断面が急に細くなる部分――では、応力が局所的に跳ね上がる。これが応力集中である。

 折りたたみ式踏み台で考えると、応力集中の候補は驚くほど多い。天板の中央には折りたたみのための分割線やヒンジ取り付け部があり、その周辺は薄肉になっている。天板を支える横梁は両端で天板の側壁にリブとして接続されているが、その付け根は断面が急に変化する典型的な応力集中部だ。さらに、天板の表面には滑り止めや軽量化のための凹凸、側面には大きな肉抜き穴がある。人が踏む部分(天板)のすぐ下に、応力集中の候補が密集しているわけだ。

 筆者は、応力集中の概念そのものは多くのエンジニアにとって既知のものだと考えている。だが、「知っている」ことと「実際の製品で見落とさない」ことは別問題だ。踏み台のようにシンプルに見える製品ほど、「まあ、大丈夫だろう」という油断が生まれやすい。特に折りたたみ機構では「機構として成立するか」に設計者の注意が向きがちで、機構部そのものが応力集中源になっているという視点が抜けやすいのではないかと思う。

静荷重と動荷重――同じ体重なのに応力が変わる

 ではなぜ、同じ人が毎日乗っても壊れない踏み台が、ある日突然壊れるのか――。

 これを説明するのが、「静荷重」と「動荷重」の違いである。

 静荷重とは、ゆっくりと静止した状態で加わる荷重のことだ。これに対して動荷重とは、衝撃や振動を伴って加わる荷重で、実質的な荷重の大きさは静荷重の何倍にもなる。これを「動荷重係数」または「衝撃係数」と呼ぶ。

 踏み台に「乗る」という動作を思い出してほしい。静かにそっと体重を移す人もいれば、勢いよく踏み乗る人もいる。後者であれば、瞬間的に体重の1.5〜3倍の衝撃力が発生するケースもある。急いでいるとき、重い荷物を持っているとき、踏み外しそうになって体勢を立て直したとき――そのたびに、動荷重が応力集中部に作用するのだ。

 さらに、金属や樹脂には「疲労破壊」という現象がある。許容応力以下の小さな繰り返し荷重であっても、何万回、何十万回と繰り返されることで、き裂が少しずつ進展し、ある日突然、限界を超えて破断する。「外観に異常はなかった」という証言は、疲労破壊の典型的な特徴と一致する。

コンター図は思考を「見える化」する道具

 CAEによる構造解析の結果は、多くの場合「応力コンター図」として可視化される。これは、部材の各部に生じている応力の大きさを色のグラデーションで表した図である。青色が低応力、赤色が高応力という配色が一般的で、一目で「どこに力が集中しているか」を把握できる。

 折りたたみ式踏み台のモデルで動荷重条件の解析を行った応力コンター図を想像してほしい。経験的には、脚そのものは意外と青く落ち着いている。一方で、鮮やかな赤に染まるのは天板の中央付近――特にヒンジや分割線の縁、肉抜き穴のコーナー、そして天板を支える横梁が天板側壁に取り付く根元――である。

天板の中央付近に応力が集中しているイメージ 図2 天板の中央付近に応力が集中しているイメージ[クリックで拡大]

 実際、NITEのレポートに掲載されている破損写真を見てみると、これがまさに現実に起きていることが分かる。脚は無傷のまま、天板に大きなき裂が走り、天板直下の横梁が折損している。「踏み台が割れた」という表現を聞くと脚の破断を想像しがちだが、実際に壊れているのは「人が踏む部分(天板)」と「それを支える梁(はり)」なのだ。

 ただし、CAEの結果を正しく読み解くためには、「境界条件の設定」と「荷重の与え方」に細心の注意が必要だ。静荷重だけで解析して「問題なし」と判断した設計が、動荷重係数を考慮した途端に危険域に入ることは珍しくない。

 また、「応力集中係数」(形状によって応力が何倍に増幅されるかを示す無次元数)は、教科書の「形状係数表」で概算できる。CAEを使う前に、まずこの手計算で「問題のある形状かどうか」を確認するのが、筆者が勧める手順だ。ソフトウェア(CAE)は、その仮説を検証し、精度を高めるために使う。

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