1990年代後半のものづくり(その1)〜設計研究の芽生え〜ものづくりをもっと良いものへ(5)(1/3 ページ)

本連載では、エンジニアとして歩んできた筆者の50年の経験を起点に、ものづくりがどのように変遷してきたのかを整理し、その背景に潜むさまざまな要因を解き明かす。同時に、ものづくりの環境やひとづくりの仕組みを考察し、“ものづくりをもっと良いものへ”とするための提言へとつなげていくことを目指す。第5回は「1990年代後半のものづくり」をテーマに、設計研究の芽生えについて振り返る。

» 2026年04月09日 08時00分 公開

 1990年頃までは、仕様に従って設計計算を行い、CADで図面を引くことを設計と言っていたように思う。

 確かに、大学での設計実習では与えられた設計式を用いて数値を決定し、それに沿ってドラフター上の大きな白紙に対象となる製品の図面を描いていった。そして、出来上がった図面を見て、設計が正しいかどうかを確認した。また、間違った設計をすると、できた図面もどこかおかしくなり、再度設計をやり直した。

 設計は英語で「Design」であり、これを日本語読みすると「デザイン」となる。このように日本では設計の定義があいまいであり、一応、設計は図面を描くこと、デザインは意匠設計と分類されてきた。

 しかし、1990年代に入るとさまざまな理由により、設計を上記のように定義することに限界を感じるようになった。要するに、設計とはより広い概念として捉えられるようになったのだ。今回は、このあたりの経緯と世の中の対応について説明する。

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注:「モノ」「もの」の表記について、本稿では「モノ:生産要素または経営資源といった手段」「もの:生産活動により付加価値を持った成果物」と使い分けて表記しています。また、「人」「ヒト」「ひと」の表記については「人:一般的」「ヒト:生物学的」「ひと:人間的(ものとの対比)」と使い分けています。

ものづくりの変遷

 本連載の名称は「ものづくりをもっと良いものへ」である。しかしながら、ものづくりの定義を明確にしていなかった。そこで、ものづくりとは人が新たなもの(人工物)を生み出すプロセスであり、その成果物がもの(人工物)だとする。

 ものづくりの変遷を見るために、ここ50年のもの(人工物)およびこと(社会)の変遷を1枚の図にまとめたのが図1だ。この半世紀においては大きな変化が見られる。社会現象としては、1980年代にはほぼ現在の基礎が形成されている。一方、ものについてはより分析が必要であると考える。

ものづくりの変遷 図1 ものづくりの変遷(参考文献[1])

 ここで一言、ものづくりについて補足する。ものづくりにおいて、設計と生産は車の両輪である。設計はものづくりの方向を決める前輪であり、生産はものづくりを加速する後輪ともいえる。ものづくりの規模が小さく、複雑でなかった時代には設計と生産は一体となり、ものづくりが行われていた。このような時代においては、技術者の能力がものづくりの良否に大きく影響していた。

 その後、人の生活を豊かにするものが、大量生産技術の向上とともに世の中に充足し、ものづくりの研究や技術も飛躍的に向上した。この時期、特に日本の生産技術は世界をリードしていた。また、ものにおいても日本発のオリジナル製品が創出された。すなわち、図1に示すように、1950年代から1980年代までは、こうしたものが世界の人類の生活を物質的に豊かにした時代だといえる。

 一方、1990年代以降は、ものの充足とともに半導体の登場、環境問題も加わり、ものづくりは新たな局面を迎える。物質的に満たされた状態で、精神的な充足を目的としたものづくりが始まった。これにはインターネットをはじめとするITの進化も連動している。

 また、製品の形態も1980年代まではメカを中心としたものが主体であったが、1990年代以降は最終形態としてはメカであるものの、実態はメカ/エレキ/ソフトの融合製品が主体となった。これに伴い、ものづくりも大きく変化し、この流れに追従できない企業は衰退し、設計研究においても多様化が進んだ。

 このような背景の下、大量生産技術に機軸を置いた日本のものづくりは相対的に弱体化の兆候を示すようになったと考えられる。図1の下部に、日本経済の変遷として「失われた30年」を示す。日本経済の変遷はものづくりの変遷に連動しているように見える。この点は重要であり、別途議論することにする。

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