連載「必要とされるモノづくりの追求」では、研究開発と実際の現場/ユーザーとの間に生じるギャップを整理しながら、技術の価値をどこに置くべきかを問い直し、必要とされるモノづくりの在り方を考察する。第2回は、「現場を理解したつもりになる」ことがなぜズレを生むのかをテーマに、腰痛予防デバイスの開発を例に、その背景と構造を整理する。
連載第1回では、「必要とされるモノづくりの追求」というテーマに対し、「なぜ最新の優れた技術が現場で使われないのか」という着眼点から、筆者自身の経験を基に紹介しました。
研究開発の世界では、「より高性能に」「より高精度に」「より新しく」といった価値観が自然と共有されていきます。しかし、実際の現場ではシンプルさ、簡便さ、使用感、価格といった要素が優先されることも多く、開発側と使用者の価値観の間には、いつの間にか大きなギャップが生じてしまいます。
では、このギャップはなぜ生まれるのでしょうか。その理由の一つに、「現場を理解したつもりになる」という問題があります。現場が求めるニーズは、現場に行かなければ分かりません。論文や統計データ、ネット記事だけでは、現場や使用者が本当に求めるニーズを捉え切れないことが多いのです。
今回は、この「現場を理解したつもりになること」の問題について、私たちが取り組んでいる腰痛予防デバイスの開発を例に考えます。
近年、日本をはじめとする先進国では高齢化が急速に進んでいます。日本では要介護(支援)認定者数は2023年度時点で約700万人に達しており、今後も増加が続くと予測されています。一方で、介護人材の不足も深刻です。現在の介護人材数は約212万人ですが、約25万人が不足していると報告されています。さらに2040年度には、約57万人の不足が見込まれています。
こうした背景の中、介護や看護の現場では身体的負担の軽減が重要な課題となっています。中でも問題視されているのが腰痛です。厚生労働省の報告によれば、職場で4日以上休業する労働災害のうち、腰痛は約6割を占めるとされています。看護師や介護士の腰痛は「職業性腰痛」とも呼ばれ、長年にわたり課題となってきました。
さらにこの問題は、看護や介護に限りません。土木、建設、物流、製造など、身体負担の大きい多くの職種においても、腰痛は重要な労働災害の一つとなっています。
介護現場における腰痛対策として、厚生労働省は介助動作ごとのリスク評価やチェックリストによる作業管理を推奨しています。また、安全衛生対策や自動化、省力化といった指針も整備されています。しかし、現実の現場では、これらの対策が必ずしも十分に活用されているとはいえません。看護/介護の現場では、依然として腰痛問題が大きな課題となっています。
理由は単純です。現場は忙し過ぎるのです。
看護師や介護士は多くの業務を同時に抱え、身体的にも精神的にも大きな負担の中で働いています。そのような状況で、介助動作ごとにリスク評価を行い、チェックリストを管理することは、現実的に難しい場合も少なくありません。
こうした課題に対し、近年では装着型ロボットの研究開発が国内外で盛んに行われています。腰部に装着し、持ち上げ動作などの際に補助トルクを発生させることで、腰への負担を軽減する技術です。工学的にも洗練されており、展示会などでも高い評価を得ています。実際に装着すると、「確かに楽になる」という感覚が得られることも多く、技術としての有効性は十分に示されています。
一方で、これらの装着型ロボットが現場で広く使われているかというと、必ずしもそうではありません。その理由は、技術の優劣ではなく、「現場の中で使えるかどうか」にあります。例えば、介護や看護の現場では、作業内容が刻一刻と変化し、急な対応が求められる場面も少なくありません。私も何度か現場に伺いましたが、想像以上の忙しさでした。
そのような状況の中で、
といった要素は、開発側の想像以上に大きな負担となります。
ある看護師からは、「確かによいとは思うが、これを毎回装着して動くのは現実的ではない」という意見をいただきました。また、「機械に不慣れな人も多く、相当簡単に使えるものでないと難しい」といった声や、「大掛かりな装置を装着していると、患者さんが気を遣ってしまう」といった現場ならではの声もありました。これらは、技術を否定する声ではありません。価値を認めた上で、「使い続ける難しさ」を示しているのです。
こうした点から、約200万人の介護者全てが装着型ロボットを日常的に使用することは、費用面、運用面、心理面の観点からも容易ではなく、普及にはなお課題が残されています。
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