製造現場では「時間当たり100個」という数字に対して「それは理論値か? ナリユキか?」と厳しく問う経営者や管理者も、事務所の業務に対しては途端に無頓着になります。
「月末の棚卸し集計には、経理部が総出で3日間かかる」
「新しい図面が設計から製造に回ってくるまでに、承認のハンコ待ちで1週間かかる」
これらの数字は、全て過去の慣習から生まれた「ナリユキ」に過ぎません。しかし、多くの企業では「そういうものだ」「昔からこのやり方だから」と思考停止に陥っています。工場であれば、製品が1週間もライン上で停滞していれば大問題になるはずなのに、データや書類の停滞はなぜか許容されてしまうのです。
原因は大きく2つあります。
1つは、「局所的なデジタル化の弊害」です。各部門が良かれと思って、あるいはトップダウンの号令で、よく分からないSaaS(クラウドサービス)をバラバラに導入してしまうケースです。
結果として、システム同士が連携せず、データの「サイロ化(孤立)」が発生します。システムとシステムの間をつなぐために、結局人間が手作業でデータを移し替えるという、本末転倒な事態が起きています。
もう1つは、「個人のスキルへの過度な依存(属人化によるブラックボックス化)」です。いわゆる「Excel職人」と呼ばれる優秀な担当者が、自分だけが使いやすいように複雑な関数やVBA(マクロ)を組み合わせて業務を効率化します。
その担当者がいる間は魔法のように業務が回りますが、異動や退職をした瞬間に、そのシステムは誰にも触れないブラックボックスと化します。
製造設備であれば、故障すればメーカーの保守員を呼ぶことができます。しかし、間接業務における「名もなき手作業」や「職人依存のブラックボックス」の停滞は、誰の目にも見えにくいのです。これは、工場における「過剰在庫」や、設備が一時的に停止する「チョコ停」と全く同じ、いや、目に見えない分だけタチが悪い「莫大なロス」なのです。
ここまでシリーズを読んでいただいた皆さまであれば、この間接業務のブラックボックスと非効率をどう打破すればよいか、すでにお気付きかもしれません。
答えはシンプルです。製造現場で用いた「IE(インダストリアル・エンジニアリング)の思考」と「理論原単位」の概念を、そっくりそのままデスクワークに持ち込むのです。
「間接業務はクリエイティブな仕事だから、工場のライン作業のように時間を測るなんてナンセンスだ」
間接部門のスタッフからは、そう反発されるかもしれません。確かに、新しい製品のアイデアを練る時間や、顧客との交渉の時間は測れません。しかし、間接業務の多くを占めているのは「データの転記」「情報の検索」「承認フローの回覧」「集計作業」といった、極めて定型的なプロセスです。ここには、間違いなくIEが適用できます。
間接業務における「理論原単位」の定義とは何でしょうか。それは、製造現場でコンベヤーの速度やロボットの動作時間をコンマ秒単位で測るのと同じように、「クリック1回」「画面が切り替わる(ファイルを開く)ためのわずかな待ち時間」といった、極小の単位まで徹底的にこだわることです。
例えば、「受注データを生産システムに登録する」という業務があったとします。現状のナリユキ手順が以下のようだとしましょう。
合計:30秒
この作業の「理論原単位」はいくらでしょうか。
もし、Webフォームからの発注データが自動的にシステムに連携されていれば、本当に人間が行わなければならない作業は「異常値がないかの最終確認(3秒)」と「承認ボタンのクリック(1秒)」だけで、合計4秒が理論値になるはずです。
つまり、この業務には1件当たり26秒のロスが存在していることになります。
「たかが26秒の差じゃないか。そんな細かいことを気にしてどうする」と思われるかもしれません。
では、この「数秒」の威力を計算してみましょう。
1年間の全社ロス時間=約1680時間
1人の社員の年間所定労働時間が約1900時間とすると、「たかが1回5秒の無駄」を放置しただけで、ほぼ社員1人分の年間労働時間が丸ごと消滅している計算になります。
製造現場では、機械のサイクルタイムを1秒縮めるために血のにじむような努力をしています。しかし事務所では、システムの読み込みの遅さや、無駄な確認画面を閉じるためのクリックといった「数秒のロス」が、毎日のように見過ごされているのです。
間接業務の改善において最も重要なのは、この「1クリック、1秒の行為すらも、1日、1カ月、1年に換算するととんでもない時間になる」という事実を、経営層から現場の担当者まで全員が強烈に認識することです。
その認識に立って初めて、「このExcelを開く行為自体を無くせないか?」「この承認フローは本当に直列である必要があるのか?」と、現状を打破するために頭を働かせることができるのです。
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